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   <title>SLIDIN&apos; &amp; SLIPPIN&apos;- 松浦善博(ブログ)</title>
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   <updated>2010-09-07T00:05:09Z</updated>
   <subtitle>ギタリスト松浦善博オフィシャルサイト：SLIDIN&apos; &amp; SLIPPIN&apos;</subtitle>
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   <title>「ＪＵＮＫ！ＪＵＮＫ！ ＪＵＮＫ！∞２０１０」ゲスト出演決定！</title>
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   <published>2010-09-06T12:42:53Z</published>
   <updated>2010-09-07T00:05:09Z</updated>
   
   <summary>2010年9月19日（日）北海道倶知安町、旭丘スキー場にて開催されますスパークス...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://newtraxx.co.jp/matsuura/">
      <![CDATA[2010年9月19日（日）北海道倶知安町、旭丘スキー場にて開催されますスパークスゴーゴー結成20周年記念スペシャルライヴ「JUNK ! JUNK ! JUNK ! ∞　2010年」にゲスト出演することが決まりました。

思えばずいぶん長い間ライヴをやっていません。ホンマに久しぶりのライヴになります。
故に現在、自宅にて毎日感覚を取り戻すべく猛練習？をしております。新しい松浦を観てもらいたいと考えています。何を演るのかはお楽しみにしていて下さい。

ライヴの詳細は以下スパークスゴーゴーのホームページにて確認お願いします。

SPARKS GOGO | JUNK!JUNK!JUNK!∞ 2010
http://sparksgogo.jp/junk2010/

▼出演
SPARKS GO GO
ユニコーン
真心ブラザーズ
PUFFY
Detroit 7
OKAMOTO,S

▼ゲスト
ANCHANG of SEX MACHINGUNS
神本宗幸
松浦善博


全国から多数のご来場、お待ちしております。



<a href="http://sparksgogo.jp/junk2010/"><img alt="junkjunkjunk2010_allbaner.jpg" src="http://newtraxx.co.jp/matsuura/images/junkjunkjunk2010_allbaner.jpg" width="475" height="596" />
</a>
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   <title>ニューアルバム RAINBOW ROLLとRAMBLIN’ ROLL　</title>
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   <published>2010-07-29T23:50:17Z</published>
   <updated>2010-08-05T05:48:28Z</updated>
   
   <summary>前作SLIDIN’&amp;SLIPPIN’から、はや４年。僕にとっても待ちに待ったニュ...</summary>
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         <category term="レコーディング裏話" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[前作SLIDIN’&SLIPPIN’から、はや４年。僕にとっても待ちに待ったニューアルバムが、いよいよ発売されます。
<a href="http://newtraxx.co.jp/matsuura/2010/06/46rainbow_roll_ramblin_roll_ro.html">第４６話にもアルバムのことを書いています</a>ので、そちらもあわせて読んでいただけたら幸いです。今回はレコーディングのトピックスを少し紹介したいと思います。

１　あの丘をめざせ　～Сочи далеко
RAINBOW ROLLの１曲目、RAMBLIN’ROLLの６曲めでもR。
トリオバンドでレコーディングしたいなあ、それもギターをいっぱいダビングしたいなあ。それが叶った曲です。何本ギターを入れたかは今となっては不明ですがホンマにいっぱい入れました。
小原礼さんと湊雅史さんのリズムセクションはそれはそれは強烈で、思わずギター弾く手を休めて見ていたいなあと思ったくらいグッグーッと来ました。
使用ギターはいっぱいですが、ギターソロはFENDERの６０年代の12弦エレクトリックです。
Сочи далеко　　とはロシア語でSochi Dalekoと発音します。　日本語に訳しますと「遥かソチ」という意味です。バンクーバーオリンピックをこの冬よく観ました。その時、日本人の選手の思いが心に響き、次のソチでは是非叶えて下さいという意味をこめてサブタイトルとしました。

２　九番目の約束
このアルバムで一番最初に録音した曲です。
奥田民生君のFANTASTIC TOUR ０８にゲスト参加したときに、このバンドでレコーディングしたいなあと無理を承知でお願いしたら、皆さん心よく引き受けてくれました。
暑い夏の日に、烏賊舌音響に集合して和気あいあいとした中にも気持ちのよい緊張感を持ってレコーディングは進みました。民生君、礼さん、湊君と4人でリズムトラックを録り、後日キーボードの斉藤有太君がハモンドオルガンB-3をダビングしてくれました。
リズムギターは、左が民生君で右が僕であります。
この曲もギターソロはFENDERの12弦です。
民生君がコーラスをいっぱい入れてくれました。このコーラスを持ちまして九番目の約束は名曲になりました。

３　新橋
ずいぶん前に作った曲です。デモテープの段階でドラムはマシーンドラムと決めていました。ウーマントーンのようなギターソロと機械のドラムの違和感がたまらなく気にいっています。マシーンドラムは？？？さんです。ベースはアポロン　若いのにオジサンのように渋いプレイをしてくれました。電気ピアノは石井為人さん。すごく深い音を出してくれました。
ギターソロはJAMES TRUSSARTのSTEELDEVILLEという鉄板ギターです。ZEMAITISもそうですが鉄板系ギターがぼくはたまらなく好きです。

４　春　夏　秋と冬
「あの丘をめざせ」と同じ時にレコーディングしました。この曲でも礼さんと湊くんはゴッツかったです。ええ経験をさせてもらいました。
右チャンネルのリズムギターはFENDER STORATOCASTER、そして左のソロは１９５７年製FENDER TELECASTERですが｛知人からお借りしました｝まるでその音はレスポールです。JIMMY PAGEがなんでテレキャスやったのかが弾いていて見えました。

５　僕のこと　君のこと
リズムトラックは１年前にレコーディングしていましたがギターをダビングしたのは今年？です。元アンチノイズのアポロンとケイタがこのR&Bに似た曲のリズムをどないするかなと楽しみにしていましたら、若さあり、オッサンありのええ雰囲気を作ってくれました。石井さんは僕の口伝えのオルガンをうまいこと再現してくれました。
春、夏のストラト、テレキャスのコンビがよかったのでここでもFENDER大会になりました。人生初のFENDERギターだけでのレコーディングでした。

６　人間110年
RAMBLIN’ROLLでは1曲目を飾るロックンロール。得意分野の楽曲です。アポロンとケイタと3人で録りました。この曲にもギターいっぱい入ってます。ホーンセクションのようなイメージのスライドギターをイントロから弾いたのですがそんな風に聴こえますでしょうか？
使用ギターは
ZEMAITIS PEARLFRONT
GIBSON LES PAUL MODEL
FENDER STORATOCASTER他

このアルバムでのギターソロのスライド率は５０％いっていません。指弾きが4曲もあります。全く意識していなかったのですが、気がついたらこないなことになっていました。

ヴォーカルは、九番目の約束は早い時期に録りましたが、他の5曲は今年のはじめに2日半で吹き込みました。僕としましては、異例のはやさで録れたのがうれしい限りです。
簡単ではありますが、少しでもレコーディングの雰囲気が伝わればうれしいなと思っています。
時をみてジャケット写真の話も書きますのでしばらくお待ち下さい。
それではRAINBOW ROLLとRAMBLIN’ ROLL末永くよろしくお願いいたします。

松浦善博
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      <![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=artyjp-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B003NSY1V0&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;margin-top:15px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=artyjp-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B003NSY1VA&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;margin-top:15px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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   <title>【追記あり】松浦善博ニューアルバム「ROLLIN’ ROLL」配信のお知らせ</title>
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   <published>2010-07-04T14:01:48Z</published>
   <updated>2010-07-09T11:29:41Z</updated>
   
   <summary>第46話でお伝えしましたように、７月７日に新しいアルバムの配信が始まります。 配...</summary>
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   <category term="37" label="フィルモア最初の日" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="36" label="奥田民生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<a href="http://newtraxx.co.jp/matsuura/2010/06/46rainbow_roll_ramblin_roll_ro.html">第46話でお伝えしましたように</a>、７月７日に新しいアルバムの配信が始まります。

配信専用のアルバムタイトルは「ROLLIN’ ROLL」です。

アルバムの内容は、８月４日に全国発売されます「RAINBOW ROLL」に前作Slidin’&Slippin’のために奥田民生君が書いてくれた神戸に勇気を与えてくれる名曲「フィルモア最初の日」のリミックスバージョンを加えた7曲入りになります。

前作のフィルモアも良い仕上がりでしたが、今回はより良いサウンドを目指しましてじっくりミックスしなおしました。まずヴォーカルを何箇所か修正しました。ずっと気になっていたことが解消され、青天井を突き抜けたような爽快な気分になりました。そして民生君の天才的なコーラスを前面に押し出しました。このコーラスはビートルズを超えていると僕は確信しています。ゴッツイです。きっと民生君は｢デカ過ぎ｣と言うでしょうが、やっちゃいました。

もちろんテッチのドラムも、ヤックのベースも、僕と兄ちゃんのアコースティックギターも、ええ感じに仕上がりました。５年を経て再び蘇える｢フィルモア最初の日｣を楽しんでもらえたらうれしい限りであります。

そうや！スライドギターソロも民生君が弾いています。このスライドソロもええですよ。そのあたりも楽しんでください。

ROLLIN’ ROLL

１　あの丘をめざせ　～Сочи далеко
２　九番目の約束
３　新橋
４　春　夏　秋と冬
５　僕のこと　君のこと
６　人間110年
７　フィルモア最初の日
>>iTunes Storeはこちらより。
<a href="http://itunes.apple.com/jp/album/rollin-roll/id379201749">http://itunes.apple.com/jp/album/rollin-roll/id379201749</a>


僕といたしましては是非アルバムを手にとって聴いていただきたいところなのでありますが、配信は一ヶ月前に始まるお得感がある。うーん！！！どっちがええかなあ？
いずれにしましても、一人でも多くの方に聴いて頂きたいと思っております。
皆様、ホンマによろしくお願いいたします。
アルバム制作エピソードなどボチボチ書いていきますので、今後とも｢SLIDIN'&SLIPPIN｣をご贔屓にお願いいたします。

松浦善博












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      <![CDATA[iTunes Storeへのリンクが掲載漏れをしておりました。
以下になります。
<a href="http://itunes.apple.com/jp/album/rollin-roll/id379201749">http://itunes.apple.com/jp/album/rollin-roll/id379201749</a>

管理者]]>
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   <title>第46話　RAINBOW ROLL と RAMBLIN’ ROLL と ROLLIN’ ROLL</title>
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   <published>2010-06-12T15:41:41Z</published>
   <updated>2010-08-05T05:12:52Z</updated>
   
   <summary>スパークスゴーゴーの橘あつや君から電話がかかってきた。 「河口湖の合宿にはグレコ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://newtraxx.co.jp/matsuura/">
      <![CDATA[スパークスゴーゴーの橘あつや君から電話がかかってきた。
「河口湖の合宿にはグレコのSGしか持っていってないです。合宿中にやっぱりGIBSON
要るなあ。東京へ帰ったら探しにいこうということになったのです。それで手に入れたのがあの白いSGです」

兄ちゃん｛あつや君のこと｝僕のコラム見てくれてるねんなあ。そして電話。こういうのうれしいですね。バービーボーイズのいまみちともたか君は「パソコン以外は順調なこと、と信じます」というEメールを送ってくれました。ギタリストはみんな心がきれいなのでR。

そんな昨今とは何の関係もなく、またしてもコラムのアップに2ヶ月以上かかってしまいましたが、これには深い事情がありまして。

長らくお待たせいたしました。やっとアルバムの発売が決まりました。タイトルに書きましたとおり、レインボーロール、ランブリンロール　そしてローリンロールという3枚のアルバムです。なにやら今大流行のロールケーキのようなタイトルでありますが、ケーキとはちゃいますよ！！！そやしなんで3枚なん？？？

まずはなんで長いことコラムを書けなかったのかをお話せねばなりませぬ。
それは我らがレーベル、ニュートラックス社長、大瀧さんの「善ちゃん、アルバムのジャケット写真撮ってみないか？」
この一言から始まりました。

何しろカメラといえば390円のインスタントカメラしか持っていませんでした。それも1年ほど前に2枚撮ったきりでほったらかし。正直に言いますと、写真には興味がなかったものですから最初はありえないことやと軽―い気持ちでいたのですが、ふと前作の淡路レコーディングの時、奥田民生君がジャケットの写真を撮ってくれたことを思い出しました。民生君は録音している時以外はずーとカメラを離さず、膨大な枚数の写真を撮ってくれました。おかげさまで素晴らしいジャケットが出来上がったことは、このコラムの愛読者？の皆様ならご存知のことと思います。

そこで考えてみました。僕にも出来るんちゃうやろか？　ダメもとでやってみるか。しかーし、カメラのことなど何も知りません。どこのメーカーのどんなカメラを選ぶのか。僕はアナログ人間やからやっぱりフイルムカメラしかあかんのんやろなあ。そして一番の問題は何処で何を撮ればいいのかすらアイデアがなかったこと。問題山積です。

そんな時、大瀧さんが「今はいいカメラが出ていて簡単に撮れるし、そんなに値段も高くないよ。あっ、そうそう、3月の始めにオリンパスから小さなPENというマイクロ一眼カメラが出て、それなら善ちゃんにも使えるんじゃないかな」と教えてくれました。

僕はレンズが2本入ったolympus pen liteというカメラのお得なセットを購入しました。フイルムカメラかなあと考えていたのに見事にデジタルを買ったものですから、カメラの初期設定やら、記録メディア｛当たり前かも知れませんがフイルムではなく切手くらいの小さなカード｝がセットに付いてなかったので急いで買いに走る　等々　相当必死のパッチでありました。

オリンパスのカスタマーサポートセンターに何度電話をしたことか。それも初歩的な質問を繰り返す日々。いやはや申し訳ないなと思いつつも解らないことばかりで。でもオリンパスの方は親切丁寧に僕の問題を解決していって下さいました。そんなこんなを経て、何とか基本的なセッティングが出来あがり、近所での練習を始めました。
ギター始めて買ったけどチューニングってどないすんのん？弦はどうして張るの？コードって何や？何でもギターに例えてしまうのもおかしな話ですが、まさにこのレベルからのスタートでした。

写真はデジタルですから思いのほか簡単に撮れたのですが、笑ってしまうくらい下手くそでどうなることやら何度も挫折｛たいそうやで｝しそうになりました。そして時間のある限り写真を撮り続けること25日。何となくわかってきたような、そうでもないような微妙な状態でハワイ島へ撮影旅行を敢行しました。ナニ―ッ！！何と贅沢なヤツやねんとお思いでしょうがホンマのことを申しますと有り難いことにJALのマイレージがたまっていまして、そのおかげをもって無料航空券なるものをゲット出来たという次第で。そやからゴッツイ得をした気分で機上の人になれたというわけであります。


はじめて訪れるハワイ島、ヒロは緑の濃い、毎日よーく雨の降る町でした。
うむうむ、これだけ雨が降れば草木も思う存分育つやろなあと納得しながら、そして雨から逃げながら撮影を続けました。ホンマに雨はいきなりやって来ます。30秒で来ます。
3日目にはヒロにおける雨のメカニズムを解明？し、つかの間の晴れ間をねらって東奔西走。
結果、ヒロに行ってなかったら今回のジャケットは成立しなかったやろなと思えるほど、自分ではええ感じの写真が撮れたと思っています。
どんな具合かは楽しみにしていてください。

ヒロの次に島の反対側、カイルアコナの町に行き夕陽を撮影。そして懐かしのホノルルでさらにバンバン撮って人生初の撮影旅行は無事終了しました。

嬉しいことに大瀧さんは僕の写真に合格をくれて、何と、もりきこのジュニーさんがデザインをしてくれました。ジュニーさんは音楽だけやなくて、デザインもメチャ優秀なのであります。今は見本のCDが出来上がってくるのを、首を長くして待っている次第であります。

写真の話ばかりになってしまいましたが肝心の音楽の話に戻しましょう。
4年ぶりのアルバムということになりますが、今回はホンマにゆっくりレコーディングしました。そうや、曲を発表いたします。

<hr>
<a href="http://newtraxx.co.jp/matsuura/images/rainbowrollYYCF123.jpg"><img alt="rainbowrollYYCF123.jpg" src="http://newtraxx.co.jp/matsuura/images/rainbowrollYYCF123-thumb.jpg" width="250" height="248" /></a>

<strong>RAINBOW  ROLL</strong><br>
１　あの丘をめざせ　～Сочи далеко<br>
２　九番目の約束<br>
３　新橋<br>
４　春　夏　秋と冬<br>
５　僕のこと　君のこと<br>
６　人間110年<br>

<a href="http://www.amazon.co.jp/Rainbow-Roll-%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E5%96%84%E5%8D%9A/dp/B003NSY1V0/ref=sr_1_7?ie=UTF8&s=music&qid=1276358515&sr=8-7">amazonで購入</a><hr>

以上6曲であります。
10数曲入りのアルバムではないので曲順を決めるのがホンマに難しかって、やっとのことでこの曲順に決まりました。
何日か経って大瀧さんから「6曲目の人間１１０年から間逆に聴いたらまた全然違うアルバムに聴こえるけど、どう思う？」という電話がありました。果たして、人間110年から聴いてみますと、これが全く違った印象のアルバムに聴こえてくるではありませんか。どうゆうこっちゃねんであります。

ドーンと王道ロックから始めるか明るくロックンロールからいくか、ここでかつてない迷いが生じてしまいました。

「よっしゃ！！それなら配信用を含めて3枚出そう」と言われた時にはひっくり返りそうになりましたが、こんな企画はそうそう実現できることではないし、ひょっとしてギネスか？的楽しさもあり、今はとても満足していますし、大瀧さんに感謝しています。
そんな夢のアルバムがランブリン　ロールです。

<hr>
<a href="http://www.amazon.co.jp/Ramblin%E2%80%99-Roll-%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E5%96%84%E5%8D%9A/dp/B003NSY1VA/ref=sr_1_5?ie=UTF8&s=music&qid=1276358515&sr=8-5"><img alt="Ramblin_RollYYCF124.jpg" src="http://newtraxx.co.jp/matsuura/images/Ramblin_RollYYCF124-thumb.jpg" width="250" height="248" /></a>

<strong>RAMBLIN’ ROLL</strong><br>
１　人間110年<br>
２　僕のこと　君のこと<br>
３　春　夏　秋と冬<br>
４　新橋<br>
５　九番目の約束<br>
６　あの丘をめざせ　～Сочи далеко<br>


<a href="http://www.amazon.co.jp/Ramblin%E2%80%99-Roll-%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E5%96%84%E5%8D%9A/dp/B003NSY1VA/ref=sr_1_5?ie=UTF8&s=music&qid=1276358515&sr=8-5">amazonで購入</a>
<hr>
そして配信専用のアルバムタイトルはROLLIN’ ROLLに決定。
ROLLIN’ ROLLは「フィルモア最初の日」のリミックスバージョンを加えた7曲入りのアルバムになります。このフィルモアが前作のミックスとはまた違いそこいらあたりも楽しんでいただけたら幸いです。

<hr>
<a href="http://newtraxx.co.jp/matsuura/images/itune_matsuura.jpg"><img alt="itune_matsuura.jpg" src="http://newtraxx.co.jp/matsuura/images/itune_matsuura-thumb.jpg" width="400" height="240" /></a>
<br style="clear:both">
<strong>ROLLIN’ ROLL</strong><br>
１　あの丘をめざせ　～Сочи далеко<br>
２　九番目の約束<br>
３　新橋<br>
４　春　夏　秋と冬<br>
５　僕のこと　君のこと<br>
６　人間110年<br>
７　フィルモア最初の日<br>
<a href="http://itunes.apple.com/jp/album/rollin-roll/id379201749">http://itunes.apple.com/jp/album/rollin-roll/id379201749</a>
<hr>

4年かけてこれだけかいな？と皆さん感じておられると思いますが、松浦善博　これでは終わりません。更なるレコーディングも現在進行中であります。
そやけどしばしの間はロール3部作をお楽しみ下さい。

配信は7月7日からです。I TUNEをはじめ最寄りの配信処からダウンロードお願いいたします。
アルバム発売は8月4日です。
こちらは手前味噌ではありますが写真も大きな魅力のひとつになっております。
もちろん歌詞カードの中の写真はそれぞれのアルバムで違いますのでそのあたりも含めて楽しんでいただけたらゴッツイうれしいです。

ではまた報告しますのでしばしお待ち下さい。
さあ、写真撮りに行こう！！！
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      <![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=artyjp-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0036MDERA&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]>
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   <title>第44話　パソコンが壊れました</title>
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   <published>2010-04-02T04:32:31Z</published>
   <updated>2010-04-14T02:57:08Z</updated>
   
   <summary>第44話は、１０日ほど前に書き終えていました。ところがパソコンが何の前触れもなく...</summary>
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      第44話は、１０日ほど前に書き終えていました。ところがパソコンが何の前触れもなくいきなり壊れてしまうという大事件発生。そんなことで、書き直しとなっているのでありますが、一度書き終えた文章を思い出しながら書き直すのがこれほど難しいとは思いませんでした。オマケにI podのデータというか、何千もの名曲が一瞬にしてどこかへ消え去って行きましたし、メールアドレスも全て失ってしまいました。そやけど、５６歳の誕生日の今日、一からの出直しというのも悪くはないかも知れません。
それでははじまり、はじまり。





      <![CDATA[<strong>第45話　倶知安から来ました</strong>

六本木ソニースタジオは、あの頃の僕たちにとって憧れのスタジオでした。アイドルワイルドサウスは、CBSソニーのオーディションで１日だけですが、レコーディングさせてもらったことがあります。このスタジオから生まれたセンチメンタルシティーロマンスのファーストアルバムが、いまでも大好きです。

そして、この日は北海道からやってきた高校を卒業したばかりのバンドBE MODERNのオーディションにたくさんのディレクターや関係者が集まりました。

BE MODERNは、音楽評論家の平山雄一さんが発見「発掘がホンマやなあ！」したバンドで、若いけれどごっついええでというのがもっぱらの前評判でした。
事前にデモテープを聴いていませんでしたので、どんな音を出すバンドか何人組なのか何の予備知識もなしに六本木に到着。ちなみに、この日の天気は快晴。覚えているのです。
関係者各位に挨拶などしていますと、メンバーが緊張した面持ちでスタジオに登場しました。それにしても大勢のオッサン達の前でのいきなりの演奏は、正味しんどかったやろうなあ。

「倶知安からきましたBE MODERNです」と言ったか、「BE MODERNです。よろしくお願いします」と言ったかは覚えていませんが、前者の方が絵になるのでそう言ったことにしておきましょう。

「ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルのシンプルな編成やな。ふむふむ。オーッ。ギターとドラムは双子か。」などと勝手に考えていますと、演奏が始まりました。「ゴッツイ緊張しているのにこの荒削りでロックな音は何なんや。」これが第一印象でした。「双子はエエ感じやしベースもグイグイくるな。ヴォーカルはちょっとミックジャガーに似てるか？いや似てないか。それにしてもはじめて聴くのに懐かしいナア」

この時点で、僕はこのバンドを担当すると心に決めました。決める時は早いのです。大勢のディレクターが来ておられるので、僕がやらせてもらえるかどうかなどまったくわからないのに全く勝手なもんです。

そやけど「１年くらい遊んどってええよ」の猶予期間でもあったので、遊んでた方がいいのか否か頭の中でグルグルしていましたら、あっという間にライヴは終わってしまいました。
ここでメンバーを紹介します。


ヴォーカル: 天坂晃英
ギター　　: 橘厚也
ベース　　: 八熊慎一
ドラム　　: 橘哲也


演奏終了後メンバーと関係者との「それではしばらくご歓談を」的自由時間と言いますか、今で言うたらロビー活動が執り行われましたが、僕はなかなかその輪に入っていけませんでした。そしてギタリストとドラマーは兄弟ではありましたが、双子でないことも判明しまして。いやいや、早とちりはあきません。

そうこうしていますと、場所を移してゆっくり話しましょうというセッティングがなされ、スタジオと道路を隔てたこれぞ六本木でっせーと言わんばかりのルーテンという中華料理店へ移動となりました。移動の途中、お店の前で女優の池上季実子さんとすれ違いましたが、高校を卒業したばかりのメンバーに「池上季実子おったやろ！なっ！見たか？」
とはさすがに言わなかったはずです。いやひょっとしたら言ってしもうたかも知れません。

「双子やと思ってんよ」と僕は話しかけました。そのとき話したことはどんな音楽が好きかとかどんなバンドのレコード持ってるの、とかいうシンプルなものでしたが、久しぶりのミュージシャンとの会話はTHE六本木とのムードとあいまって楽しい時間やったなあ。

食事後、場所をエピック本社に移して「それにしてもよく場所を移す日であります」デモテープをもらったり、今度はリハーサル見せてねという約束をしてお開きとなりました。

この日を境に、音楽を聴くイコールBE MODERNを聴くになりました。第４３話でも同じ表現を用いてる箇所がありますので、よろしければご参照下さい。
デモはカセットテープで、音はゴッツイ悪かったのですが音楽がよかったので、日ごとにBE MODERNにのめりこんでいきました。そしてバンドはめでたくエピックと契約することになり、僕が担当させてもらうことに決定。ついに華のディレクターデビューです。

まず中間地点？ということで、札幌までリハーサルを観に行ったのですがバンドの音は粗野やけどゴッツイええ具合で駆けつけてくれた平山さんも太鼓判を押してくれました。
倶知安から通勤？　ロックバンドは通勤とは言わへんやろけど、とにかく通うにはあまりにも遠いので｛札幌から汽車で２時間、北海道虻田郡に倶知安町はあります。ニセコの近くです｝メンバー４人は、東京に引越して来ました。目黒区九品仏の瀟洒なマンションを合宿所にしての共同生活スタートです。

丸山部長の派手な歓迎会はやめて、合宿所ですき焼きパーティーをしようという提案で、所属事務所CSAの渡辺社長、担当チーフマネージャー麻生さん、発見者平山雄一さん、有志の方々が狭い台所に集まり、楽しいスキヤキ食べ放題の夕べが催されました。丸山さんがホンマにええ肉を大量に持って来てくれました。そんなことでしたから、しばらく合宿所から牛肉のにおいは消えず、いつ行ってもほんのりエエ肉の匂いが残っておりました。

プロになるからにはちょっとは良い楽器もそろえなければいけないであろうということで、お得意の神田、御茶ノ水方面への観光ツアーを催したりリハーサルに立ちあったりの日々を経て、河口湖で合宿をすることに。そやけどホンマは合宿にいくのがちょっとイヤでした。ずっと前に書いたことがありますが、僕は合宿が苦手なのです。そして困ったことに湖もテンプターズの‘エメラルドの伝説’の詩の影響で、好きではなかったんです。そやけどディレクターとなった今日、わがままを言える立場ではないのも重々承知の助。そんなことでしたので、合宿が大好きなふりをしての参加になりました。

この合宿に、橘厚也がグレコのSG を持っていったのか、ギブソンの６０年代の白いSG
を持っていったのかがどうしても思い出せません。何せ２５年も前のことですからねえ。
本人に直接電話して聞こうかとも考えましたが、あまりにも子供じみた質問なので思いとどまりました。今度会った時直接聞いてみますが、案外本人も忘れているかもしれないですね。


P.S.  ４月５日に、スパークスゴーゴーの新作「「２EASY」」が発売になります。是非買って下さい。ツアーもあります。詳細はスパゴーのHPを見て下さい。

▼SPARKS GOGO Official Site
http://sparksgogo.jp/

▼『2EASY』SPARKS GOGO 新譜詳細記事
http://sparksgogo.jp/special/2easy/index.html
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   <title>第43話　“１年くらい遊んでてよ”、のはずが</title>
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   <published>2010-03-10T09:26:53Z</published>
   <updated>2010-04-02T12:50:41Z</updated>
   
   <summary>午前中は会社に来なくてもよいとは言われたものの、新入社員としてはそれではアカンや...</summary>
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      午前中は会社に来なくてもよいとは言われたものの、新入社員としてはそれではアカンやろと思い、始業時間に出社する日々がしばらく続きました。そやけどやっぱり何もすることがない。

‘聴き振り’にも限界がありましたし、かといって電話に出たら出たで失敗もしました。
毎日のように通った渋谷のタワーレコード、六本木のWAVE　、銀座の山野楽器、山野楽器には当然楽器フロアーがあり、買いもしないのにあれこれギターを試奏させてもらったりしました。あまりにも頻繁に顔をだしすぎたのかある日「ツイストの松浦さんですよね？」と聞かれてしまいました。うそをついても何なので「今はディレクターをしているのです」とか言って名刺を出しちゃったりなんかして。この日をさかいに楽器売り場には行き辛くなってしまいました。

仕方がないのでちょっと足を延ばして御茶ノ水や神田、新宿界隈にも出没するようになり都内の大型レコード店、楽器店はほぼ制覇した形となりました。とは言いつつも店員さんと話すわけではなく、もっぱらウインドウショッピングをしていたという地味な毎日でした。

      
僕が毎日レコード屋等さんに通っているのを知った小坂さんがまた素晴らしいことを教えてくれました。「レコードは資料やから無駄のない程度に何枚買ってもええよ！！」
世の中が薔薇色にみえましたね。お給料を頂いて、交通費も支給されてその上レコードを買っていい。まさに理想の世界。ここに桃源郷を見ました。

そやけど、いざレコード屋さんに行くと何を買っていいのかが解からなくなってくるのです。これからやろうとしている日本のロックアーティストのディレクションにはきっと不要であろうところのサザンロックやブルースのアルバムばかりに目がいってしまう。それも自分が持っていないマイナーなバンドやマニアックなアーティストのものが欲しい。仕方がないので何も買わずに店をでることが殆んどでした。

そんな毎日を過ごしていたある日の昼下がり。小坂さんからちょっと話があるのでと言われてついていった先は４畳半くらいのせまくて陰気な小部屋でした。そこはアーティストルームと呼ばれていて、音の打ち合わせ等をおこなう場所でアップライトピアノが１台ポツンと置いてありました。

またなんでこんな狭い部屋で話すんかなと不思議に思っていましたら、小坂さんが何の前触れもなく「松ちゃん、ジュリーやらへん？」とおっしゃるではありませんか。
「？？？沢田研二さんですか？？？」と聞きなおすと「そうや」という答え。

まだ交渉の段階だけど、エピックと契約することになるかも知れないとのお話でした。沢田さんはゴッツイロックをやりたいと思っておられるそうで、ロックやったら松ちゃんやろうということに社内ではなったみたいで、僕に白羽の矢が当たったことがすごくうれしかったです。
タイガースは大好きやったし、井上バンドがバックを務めた数々の名曲も忘れられへん。ツイスト時代、沢田さんとテレビでいっしょになったら緊張したもんな。

しかーし、ディレクターになってまだ２ヶ月。それもやったことと言えば聴き振りとレコード店巡りのみ。きっと何のお役にも立てないと思いました。でもこの場で断るのも社会人としていかなものかと思い暫く考えさせてもらうことにしました。もちろんこのお話を頂いた直後に山野楽器まで沢田研二さんのレコードを買いに走ったのは言うまでもありません。この日からレコードを聴くイコールジュリーを聴くの日々が続きました。

そうしていますと不思議なもので沢田さんを担当してみたいという気持ちが芽生えてきました。丁寧＆誠実にやれば何とかなるやろうと決意して、小坂さんに報告にいきました。
「沢田さん、力不足とは思いますがやらせていただきます」ところが小坂さんはなぜかうかぬ顔をしておられる。「松ちゃん、沢田さんとの契約はなくなってん」

僕の頭の中はジュリー一色になっていましたからとても残念でしたが、なぜか開放感もそこには同居していました。沢田さんとは一度も会っていないのにホンマに緊張していました。
「どんな話したらええんやろか？」「タイガースの時からファンでしたなんていったら嫌われるやろかなあ？」
頭の中がグルグルしていたもんですから気が抜けたといいますか、フニャフニャになってしまいました。

契約というものはそんなに簡単なことではないことも学びました。もちろんエピックサイドと沢田さんサイドに何かのトラブルがあった訳ではなくただ契約の条件が折り合わなかっただけの話で、これはレコード業界では日常茶飯事のことです。
そんなわけで華のディレクターデビューは先延ばしになってしまいました。

そのころ僕のデスクにはデモテープが毎日のように持ち込まれ、「こんなバンドあるんだけどライブ観に来て」とか「コイツ、絶対売れるからやってみないか？」というお話しが一挙に舞い込んでいました。
今考えるとアホやったなあと思いますが、２０１０年の今でも超一流で活躍しているバンド、ソロアーティストを僕は何組もお断りしました。小林君にも「松ちゃん、アホちゃうか。絶対売れるのに」と言われましたが、このアーティストを僕が売ってみせると心から思えるアーティストにはなかなか出会えませんでした。

そんなある日、丸山部長から「５月の連休に高校を卒業したばかりのバンドがオーディションを受けに来るので六本木ソニースタジオに来てよ」というお誘いを受けました。
「高校生のバンドか。まあ観に行ってみるか」とこのときは軽―く考えていました。
そのバンドが今でも親交の深いスパークスゴーゴーの前身バンド、ビーモダーンとはその時は知る由もありませんでした。

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   <title>第42話　１年くらい遊んでてよ</title>
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   <published>2010-02-08T00:31:18Z</published>
   <updated>2010-03-10T09:31:17Z</updated>
   
   <summary>エピックソニーに入社した日のことを書こうと決めてから早や１ヶ月。書けなかったとい...</summary>
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      エピックソニーに入社した日のことを書こうと決めてから早や１ヶ月。書けなかったというか、パソコンのキーボードに触れることもなく１月は通り過ぎていきました。正に「Life in The Fast Lane」であります。２月は２８日しかないので、３月がすぐにやってくるのは最早明白で、そうこうしていたら大嫌いな梅雨がやって来て、瞬く間にクマゼミが大合唱を始め、鳴きやんだと思ったら木枯らしが吹いてうめ丸の温泉と鯛が恋しくなる。「ワーッこんなことしてたらイッチョウ上がりになってしまうぞ」ということに気づき、やっと机の前に座った次第であります。

ウーンしかし何を書いて良いのやら。今までとは違ってなんせ責任ある社会人時代の話であるからしてエエかげんなことは書けない。数ある逸話も今となっては時効やから思いつくままに書き進めればよいとも思うのですが、どうも気が乗らないので路線を変えようかなと思案中。ということで小休止。





      
今年は新年からずーっと夢を見続けています。少なくとも２日に一度は見ます。一晩に何本も違う夢が上映される時もありますが、夢というのはホンマによく出来たもんで起きたら忘れてしまってるパターンが殆んどなので、このコラムを「ドリーミン＆ランブリン　善ちゃんの夢日記」に変更するという画期的アイデアは露の泡と消えていきました。
ゴーストライターに代筆してもらうという手もあるぞ！！とも考えてみましたが、そもそも僕のアホな話をよーく聞いてくれてそれを文章におこしてくれる人などこの地球上にいるわけもなく。
ではボチボチはじまりです。

朝礼が終わり、与えられたデスクに座ってはみたものの何をしたら良いのやらさっぱり解からない長い長い午前中でした。やっと昼休みになり社員の方達と近所の定食屋さんに行ったのですが、緊張で何を食べてどんな会話をしたのかを憶えていません。唯一憶えているのは「電話に出てね」と言われたこと。

「そうや、電話の取次ぎをしたら時間つぶせるなあ」と午後からさっそく電話デビューしてみましたものの、出社していない社員の方への伝言を電話の相手の話を聞きながらメモを執るするだけでくたくたになってしまいました。僕は漢字をあまり使わないので、メモを書き直す必要がありました。辞書を引いて漢字に書き直して間違いがないかもう一度校正して。メモに校正なんか要らんのんですが、ちゃんとせなアカンと思ったんですね。そんなことでしたから１時間程でギブアップしました。

何かいい手立てはないものかと周りを見ていますとあるディレクターがヘッドフォンで音楽を聴いているのが目に飛び込んできました。「よっしゃ！！これや」さっそく僕もそれにならい、買ったばかりのカセットウォークマンで音楽を聴き始めました。

もちろんノートとボールペンを用意してそれらしく振る舞うことにしました。そやけど無理して聴く音楽ほど苦痛なものはありません。そこでヴォリュームをゼロに落して聴いてるフリに変更。テレビの音楽番組等で予め録音された演奏を聴きながら、さも楽器を弾いているフリをするのを音楽業界で‘アテ振り’といいますが、僕の場合は‘聴きフリ’ですね。

これで電話には出なくてすみましたが、じっと座っているのに今度は飽きてきました。落ち着きのないヤツなのであります。仕方がないので、トイレの便器に座って用も足さないのに休憩をしました。

トイレから戻ると、上司の小坂さんがちょうど出社されて僕の出で立ちにまず爆笑。何せジャケットに革靴ですから小坂さんもさぞおかしかったやろうと思います。

「僕は何をしたらええのでしょうか？」という質問にいとも簡単に「１年くらい遊んでてよ。会社におらんでええよ。レコード屋さんに行ったり、ライヴ観たり、好きなことやっといて」とおっしゃいました。これにはびっくりしましたが悪いお話ではありません。「エエ会社に入ったなあ。レコード屋へ行くのもライヴ観るのも仕事か。ゴッツイなあ」と、このときはただただラッキーやなあと考えていました。

そんな有り難い話をしていますと、ブラッドショットで一緒やった小林君が出社してきて「松ちゃん、ジャケット似合わへんなあ」と、これまた大爆笑。ここらあたりで気持ちもぐっと楽になってきて、やっと居場所がみつかった気分になりました。しかし３０分も経たないうちに小坂さんも小林君もスタジオに行ってしまい、仕方がないのでまた聴き振りタイムに突入。
夕方になり終業のベルが鳴ったと同時にヘッドフォンを外し僕はデスクの上をキレイにかたずけ「皆さん、おつかれさまでした」と一礼して退社しました。

あとで知った話ですが、終業のベルが鳴ったとたんに退社した入社一日目の僕のことはちょっとした話題になったそうです。レコード会社の特権？で出社時間も特に何時とは決められていなかったですし｛朝までレコーディングということがしばしばありました｝夕方にしか現れないディレクターもいたくらいですから。そんなことで僕の定時退社は前代未聞だったというわけであります。

まっすぐ家に帰りました。何をしたというわけではない一日でしたが、ドット疲れが出たみたいで三軒茶屋まで地下鉄の中で熟睡してしまいました。なんとか直前に目が覚めて乗り過ごさずにすみましたが、ホンマにクタクタでした。

畳の上で大の字になって寝転がっていますと、またしても電話が鳴りました。もう電話はたくさんやと思いつつ受話器を取りますと、相手はオフコースのドラマーの大間君でした。「松ちゃん久しぶり、元気にしてる？ところで今どんな音楽活動してる？実はね、いまTがね、ギター探してるんだよ。オリジナルメンバーが脱退してとりあえずサポートギター探してるので、松ちゃんを推薦したんだけどどうかな？いいバンドだと思うよ」（注）TといってもTWISTではないですよ。

「大間君、僕ね、今日就職してん。そやからものすごい嬉しい話やけど、これはお断りするしかしゃあないなあ」
大間君はしばらく説得してくれましたが「残念だけど仕方ないな」ということになり、僕の一日にしてミュージシャン復帰という快挙？はなくなりました。
もしもこのお誘いが入社前日やったとしたら、どないなったやろかと考える時が今でもあります。

就職した当日の話というのが何ともゴッツイなあと。
そして電話をくれた大間君には今でも感謝しています。ちなみに僕はオフコースが大好きです。

次の日も、またその次の日も、ヘッドフォンが欠かせない日々が続きました。
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   <title>第41話　謹賀新年</title>
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   <published>2010-01-05T10:25:47Z</published>
   <updated>2010-04-02T12:52:04Z</updated>
   
   <summary>明けましておめでとうございます。本年はいよいよ新しいアルバムがでます。6月頃を予...</summary>
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      明けましておめでとうございます。本年はいよいよ新しいアルバムがでます。6月頃を予定しておりますが、詳細が決まり次第お知らせいたしますのでよろしくお願いいたします。

コラムは順調とは決して言えないほど書けておりません。周りの友達にも「ナンボ何でも遅すぎる」とおこられています。ホンマにゆっくりではありますが書く意欲はありますので気長にお待ち下さい。次はエピックソニーに入社した日のことを書く予定であります。
そこで新春恒例？となりました「初夢を見た」で今日はご勘弁の程を。
　　　　　
「初夢をみた　2010」　

僕が宝塚歌劇団のトップスターＭさんとエレベーターに乗っている所から夢は上映されました。
      そのエレベーターは横にも動く変ったタイプのものでどうやらどこぞの空港へ向かっている様子でありました。Ｍさんをパリまでお連れするのが僕の任務のようで、飛行機の切符のことやらパリでの細かなことやらが携帯電話にジャンジャンかかってきてエレベーターの他のお客さんにも迷惑やし、なかなか空港には着かないしイライラは募るばかりで。

電話の相手は僕のＪＡＬのマイレージで2人分の切符を手配したと無茶苦茶なことを言い出しました。さすがにそのマイレージは次のハワイ旅行にとっておきたい僕でしたのでそれだけは勘弁してくれと一度は拒否をしたものの、すでに発券されたとのことで僕はしぶしぶそれを了解せざるをえませんでした。

空港に到着してみますとさすがに夢やなあと思われるフシが随所に見受けられました。まず飛行機は線路の上に停車？している。昨年の夢に出てきた有馬温泉の駅とは少し違うがまあ似たりよったりの設えで、しいて言えば伊豆急下田の駅に近い感がある。空港の外はいきなりビーチで椰子の木なんぞが風にゆれている。もちろんそこには免税店も両替所もないし、税関を通らなくてもすぐに機内に入れるシステムになっているようである。

そしてＭさん｛もちろん実在する往年の大スターなのですがいくら夢とはいえご本人のプライバシーの問題もあるのでこう呼ばせていただきます｝と僕は機上の人となりました。

「本日は特別にアップグレードされております。こちらへ」と案内されたのはなんと2階席の和室。どこにどう座ればいいのやら周りをキョロキョロ見ていますと他のお客さんたちはみんな吊り革に摑まってそれぞれ思い思いに雑談している。この飛行機ではこれが当たり前のようなので僕もそれにならった。

そうこうしているとパリ便は静かに滑走を始めたと言うかずーっと地面を走っている。そしてそこらあたりを2,　3周したと思った次の瞬間もうパリに到着である。いくら何でも早すぎるやろとは思ったんやけど、着いたんやから降りなしゃあないですわな。そしてまたしても通関なしでいきなりパリの街へ。

そこは花の都と呼ぶにはあまりにも程遠い場末な雰囲気の街で正に戦後の日本そのものなのでありましたが文句を言う筋合いでもないのでＭさんの後をついていきました。ところがＭさん、すごく歩きにくそうにしておられる。「どうなさったのですか？」と伺うと、左の足の指が痛くて歩けないとおっしゃる。症状はすごく悪いようでこのままだと夜の部には出られないと泣き出されてしまった。

しかしさすがパリである。スーッと救急車が現れＭさんと僕は病院に向かうことに。
病院に着くとすぐに救患で待たずに診てもらえることにはなりましたが担当の医師が「手術やねえ！！」とＭさんに告げたところはまるっきり、映画「舞妓ハーン」のワンシーンそのものだった。

そして緊急手術が始まった。僕は何とか夜の部のフィナーレには間に合わせますと劇団関係者と打ち合わせをしましたが、劇団サイドはＭさん緊急手術説をひた隠しにして秘密の通路を通って楽屋に来いと無茶なことを言い始めた。はたして手術直後のＭさんが舞台に立てるか否かもわからないのに。僕は手術室の前で1人気をもんでいました。

そこへ朗報が入り、無事手術は終わりＭさんはさっそくリハビリに入っているという。これで舞台には間にあいそうではあるが、僕が1人でこっそり劇場まで連れて行くことを考えると頭が痛かった。何せパリである。そしてこのパリはまるで日本やし。

僕はＭさんを超特大の車椅子のような乗り物に乗せて病院を出た。すぐに地下道がありずーっと先へ進むと、「宝塚歌劇団」と書いてある劇場の楽屋口が見つかった。しかしガードマンが車椅子は進入禁止とテコでも動かない。仕方がないので無理矢理猛スピードで強行突破を敢行しました。何とかうまいこと劇場内にはもぐりこめたものの、さあここからどっちへ行ったらよいのかと思案していますと例の横に動くエレベーターがスーッと現れ、今度は斜めに上に横に縦横無尽に動き回り無事劇団関係者にＭさんをお送りすることに成功しました。

早速Ｍさんは舞台へ。何もなかったようにフィナーレに登場するＭさんに割れんばかりの拍手が沸きおこった。僕は通路でそれをホッとして見守った。宝塚歌劇団のエライサンであろう人達にはすごく喜んでもらえた。まるでヒーロー扱いである。そこへスーツ姿の4人組が現れ僕に名刺を差し出し「これくらいのことでいい気になるなよ、ソニーさん」とドスの効いた声で怒鳴られた。

僕がＭさんを連れてきたことは誰にもバレテいないはずやのにおかしいなと思ったがシーンがいきなり打上げの会場へ移ったので事なきを得た。この打上げ会場がまたしてもジャパンで琴の音なども聞こえバリバリ畳敷きの長細い部屋の外には多分エッフェル塔であろう神戸のポートタワーが見えている。

そんな環境での打上げは始まりましたがもはやＭさんの姿はどこにもなく、ふと気づくと僕は靴のまま座敷に上がりこんでいてその靴がどうみてもオッサンタイプの茶色の革靴でそれがなかなか脱げない。メチャあせって脱ごうとすればするほど靴は体と一体化していく。ワーッ、どないしょう。そやけどちょっと待てよ、ひょっとしてこれ夢とちゃうか？？？

目が覚めると僕はすごい量の汗をかいていました。夢の途中でこれは夢やとわかること、皆さんもあると思いますが、今年の初夢はこんな具合でした。幾つになっても人間というものは子供のままなんやなあと改めて思い知りました。

今年一年が良い年でありますように。



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   <title>第40話　イッツアソニー</title>
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   <published>2009-10-26T13:16:36Z</published>
   <updated>2010-04-02T12:53:00Z</updated>
   
   <summary>本格的にソロ活動を再スタートしようと久しぶりにリハーサルが始まりました。 バンド...</summary>
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      本格的にソロ活動を再スタートしようと久しぶりにリハーサルが始まりました。

バンドメンバーはツアーごとに変わりましたが、気の合う友達が手弁当で参加してくれていました。メンバー遍歴を紐解いてみますと、ギターが依田“デカパン”稔、小林圭三、新井清貴、佐藤英二、一時期準レギュラー的ゲストで田中一郎、ベースが新井武士、鮫島秀樹、キーボードは神本宗幸、蓑輪単志、ラッキー川崎、難波正司（敬称略）佐藤君、蓑輪君、ラッキーさんはワンツアーだけの参加でしたが、ホンマにええメンバーが集まってくれたものです。

観にきてくださるファンの方たちは毎回のメンバー、ゲストがゴッツイ楽しみやったそうです。楽しいライヴを続けられたのは、ミュージシャンの皆さんのお蔭やなあとつくづく思います。

そやけどホンマのことを言いますと、
      この時待ちに待ったライヴであるのにもかかわらず、今までのように音楽に対する情熱やひたむきさが欠けてきていることに気がついていました。バックバンドやスタジオミュージシャンをやりながらギタリストを続けていくことは出来たと思いますが、ふっきれていない状態が続いていました。

そんなある日、元ブラッドショットの小林和之君から「ちょっと会わへんか？」という誘いがあり何やろなあ、急に改まってと思いつつ待ち合わせ場所に行くと、いきなり「松ちゃん。エピックのディレクターにならへんか？」と唐突に言うのであります。小林君はアンのバンドの後エピックソニーに入社し、大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」がヒットしてディレクターとして大成功を収めていました。

話がいきなりやったもんで、そして考えたこともないディレクターへの華麗なる転身。「僕には出来へん思うよ」とその場でお断りしたのですが、小林君は何度も親身になって話をしてくれました。

ホンマに熱心に説得してくれるので、そない言うなら一度会社の方に会ってみようという段取りになりました。夜の青山、赤坂、六本木辺りのお洒落カフェレストラン又はホテルのバー等が会談場所として設定されるんやろうなと、１人想像を膨らませていましたら、なんと家から徒歩で五分程の三軒茶屋銀座にある居酒屋でということになり、いきなり親近感が湧いてきましてその時点でちょっとだけ心は動いていました。

「松ちゃん、久しぶりやねえ、バーボンハウスの楽屋で会って以来やねえ」

小坂洋二と書かれた名刺を頂きました。陽に焼けて目がギョロッとした一見サーファーのような小坂さんに僕は会った記憶がありませんでした。そやけどよーくよーく話を聞きますとブラッドショットのバーボンハウスでのライヴを観にきてくれて、楽屋でいきなり「エピックからデビューしませんか？」という話をして下さったらしいのです。そしてその時僕達が全然その話に乗らなかったというのであります。

僕が「僕ら、東京には行きませんから！」と二つ返事？で断ったというのであります。しかし僕にはその時の記憶がまるでありません。ひょっとして小坂さんが僕を面白がらせるためにギャグ言うてるんとちゃうかなあとその時は思ったのですが、後日話をゆっくり聞きますと事情が見えてきました。

小坂さんがおっしゃるには、その日の楽屋は初めからムードがメチャ悪かったそうでどうやら演奏が上手くいかずメンバーが煮詰まってるちょうど絶妙に悪いタイミングに楽屋に入って来られたらしいのです。そんな真っ只中だったから心にもないいい加減な断り方をしたのであろうという話に一応は落ち着いたのですが、今でもその事は不可解でしゃあないです。第一そんなええ話、断らへんよね。

その時デビューしていたらひょっとして僕達は佐野元春やＴＭ　ＮＥＴＷＯＲＫばりのトップスターになっていたかも知れないのに。ここで１回人生の選択肢を誤ったことに違いはありません。

そして今回はディレクターとして誘って下さり、有り難いこととは 重々知りつつやっぱり即答は出来ませんでした。

そやけど「僕はディレクターにはなりませんから！」なんて決して言っていません！！！
ギタリストの看板を下ろすにしては早すぎるし、ギターを弾かない自分が想像出来ないし、しかしええお話には違いないし。結局結論は出ずにその日はお開きとなり答えが出たら僕から電話するという運びになりました。それから１週間程本気で悩みました。頭の中はハモンドオルガンの回転スピーカー、レスリーの如く早く回ったり思いっきりゆっくり回ったりの繰り返しでした。そやけど結論は出さなあかんし。

僕はいつになく緊張した声で小坂さんに電話しました。「よろしくお願いします」以外何を話したかは憶えていませんが、小坂さんはすごく喜んでくれました。そしてすぐにでも出社してええよというお話をいただいたのですが、僕にはやることがひとつだけ残っていました。

それはライヴやレコーディングではなくハワイに行くことやったのであります。なんとイージーなヤツなんでしょうか。

ハワイに行って思いっきり遊びたい。大好きなハワイにちょっとでも長くいたい。そういう具合でしたから１ヶ月でも足りないくらいやったのですがが、そこは常識？の範囲内ということで！正確には３５泊３７日の超ロングステイを敢行したのでありました。

ハワイに旅行する前にはソニーの社長面接がありましてゴッツイ緊張してしまいまして面接直前に何度も社長室のフロアーにあるトイレに駆け込むという事態に。しかし予想に反してスムーズと言うかイッパツオーケーと言うかこんな簡単でええのかなと思うくらいの短いお話でほんまにホッとしました。

こうして僕はついに社会人としての第一歩を踏み出すことにあいなりました。
そしてハワイですがやっぱりええ感じでした。

それも３５日ものロングヴェイケーションですからなおさらです。まだまだ元気やったので、シュノーケリング三昧、そして肉、ビール、肉、ビール、たまにコーラ、朝はジッピーズかマクドナルドのサイミン（ハワイ風ラーメン）の日々を堪能してアッという間に３５日は過ぎ去りタイムスリップしたかのごとく三軒茶屋に帰って来ていました。

アパートに着きますと運良く毎月楽しみにしている音楽雑誌がポストに入っていましたのでのライヴ情報のページなどを何気なく見ていますと、「３月１５日　松浦善博　エッグマン」と告知されているではありませんか！！！　僕は思わずひっくり返りそうになりました。全く身に覚えのないスケジュール。説明がやや不足気味でしたが僕は現役をフェイドアウトしようと心に決めていました。

そんな考えでしたからこのエッグマンライヴにはびっくりというか反対というか。早速事務所の山岸社長に「なんでライヴやることになったん？」と聞きましたところ「オレが決めたんとちゃうよ。鮫ちゃんが松ちゃんの花道を飾ったろうと企画してくれてるねんで。幸せ者やなあ！」と電話の向こうの声が喜んでくれていました。これでフェイドアウト大作戦は見事に失敗。

リハーサルスタジオに行きますと鮫ちゃんがいつもの調子でまるで何もなかったようなフリをしながら「曲、決めようか」とレポート用紙とマジックインキと缶コーヒーを持って待っていました。僕はやられたなあという気持ちと感謝の気持ちでいっぱいでした。リハの最終日にはツイストのメンバーが集まってくれて懐かしい曲の数々の練習も執り行われました。

エッグマンは満員御礼どころの騒ぎではないくらい盛り上がっていて、せっかく駆けつけてくれた友達も入場出来ない状態でありました。

ここで鮫ちゃんのお言葉「しもーたなあ、渋公でやれたなあ！」このギャグとも本気とも取れるつぶやきにスーッと緊張がほぐれていつもと何ら変わらないライヴがはじまりました。
そやけど実はまだ僕には知らされていない仕掛けがいっぱい仕込まれていました。

裏切り者の松ちゃん（アンのバンドを辞めてから彼女は僕をずっとそう呼び続けています）のために来てくれたアンルイスさん、宇崎竜童さんは何も言わずにただ歌ってくれました、桑田佳祐さんはラジオの生本番中に抜け出して来てくれたそうです。大友康平さんは歌だけやなしに司会までしてくれました。

そしてツイストは久しぶりに太刀川伸一とのツインギターでした。この時ツイストに加入した頃の色々な思いが走馬灯のようによみがえってきて不覚にも僕は泣いてしまいましたが、絶対誰にも涙は見られなかったと今でも思っています。たくさんのゲストが来てくれました。正直思い出せない部分も多々ありますがその辺りはお許し下さい。

バンドはドラム吉岡貴志、ギター新井清貴、キーボード神本宗幸、ベース鮫島秀樹、ええバンド人生でした。これが人生最後のライヴやと信じて疑わなかった僕でありましたし、復帰することなど一切頭にありませんでした。

夜を徹して行われた楽しい最終打ち上げの数時間後、１９８５年３月１６日午前９時半に僕はエピックソニーの自分に与えられたデスクに、ジャケット、ネクタイ、スラックス、革靴のいでたちで借りてきた猫のようにちょこんと座っていました。




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   <title>第39話　　タキシードを誂えに行く</title>
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   <published>2009-08-15T08:08:57Z</published>
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   <summary>当時の徳島ラーメンは今流行りのそれとは違いごく普通の、しかし劇的にうまいラーメン...</summary>
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      当時の徳島ラーメンは今流行りのそれとは違いごく普通の、しかし劇的にうまいラーメンでした。もちろん市内の有名店に行ったわけではなく楽屋に出前してもらったひょっとしたら近所の食堂のラーメンだった可能性もなきにしもあらず。にもかかわらずメチャクチャうまかった。

具もいたってシンプル。チャーシューにモヤシ、それに青ねぎが少々。シナチクとナルトに関しては忘れました。メンバーみんなで畳の楽屋でメチャ盛り上がって食べました。地方に行くとその土地、土地でおいしいものがいただける。贅のかぎりをつくしたものから素朴な名産品まで。

ずいぶん前のコラムで食べ物ベスト３の発表をしましたが、この徳島ラーメンを忘れておりました。コンサートの後の恒例の打上げの後、有志を募ってもう一杯徳島の思い出にと街場のラーメン店を探してお腹がはち切れそうになったのも懐かしい思い出です。

もう一軒だけ飲みに行こうという誘いを辞退してホテルに帰りシャワーをしようと風呂場の鏡に写った顔を見ますと何か変なブツブツがあるのに気づきました。そしてアレヨアレヨといううちにブツブツは全身に広がって行き痒いわ、腫れてくるわで、どないもならん状態に一瞬のうちに陥ってしまいました。

これはえらいこっちゃとマネージャーのM氏に電話して状況を伝えますとすぐに部屋に跳んできてくれました。「松ちゃん、これはマズイわ。蕁麻疹や。すぐに病院へ行こう」と夜間外来で観てもらいましたところ、どうも普通の蕁麻疹ではないのではないかということになり、ひとまずは注射をして症状は軽くなったものの可能性として腸チフスの疑いも視野に入れといたほうがよいということで、次の朝改めて診察してもらうことになりひとまずホテルへ。

しかし痒いの何ので、結局は一睡も出来ず、朝一番に病院へリターン。検査結果は１週間くらいかかるということで症状を抑える注射と大量の飲み薬をもらい次の会場へ移動しました。ところが移動中のバスの中で痒さは頂点を極め、件のブツブツの形体が変わってきたときはそのおぞましさに失神しそうになりました。

形状を説明します。直径１センチ弱位の赤い丸を細めのマジックインキで書いて下さい。その中心に赤い小さな点をひとつちょんと書くと出来上がり。これが体中に無数に出来ているのです。気持ち悪い話をしてすみません。しかしこれは事実です。結局バスは会場に向かわず高松市の大きな病院の前に横付けされこの世のものとは思えない顔の僕は緊急外来で処置を受けました。注射をしますと不思議におぞましいブツブツは消え去りホッと一息。

何もなかったようにコンサートは始まりましたが後半でまたしても敵は容赦なく襲い掛かってきましてさすがに痒いとも言えないのでアンコールまで頑張りましたが、またもや病院へ直行。まだ腸チフスの疑いは消えてはいませんでしたがどうやら強烈な食あたりのアレルギー反応がでてるのであろうということがわかってきました。

思い当たる節は２つ。例のバンコックの中華、またはホテルの部屋の無料のミネラルウォーター。これしか考えられません。僕は水分をたくさん摂るほうなのでこの無料の水を大量に飲んだのですが、よーく考えるとノーラベルだったし他のメンバーはエヴィアンなどを買って飲んでいたし発症したのは僕１人だったのでこの無料水が原因であろうと思います。もし中華なら松藤君もなったかもしれないし。

四国中の病院にツアーバスは横付けされました。毎日注射しても症状は緩和されず注射が切れたらまた浮かび上がってくる。この繰り返しでした。冷たいシャワーを浴びたら少しは楽になりましたがこんな経験後にも先にもこの時だけです。よく水が合わないとか水にあたるとかききますがこれほどまでとは思いませんでした。メンバー、スタッフの皆さんに迷惑かけっぱなしの四国ツアーでした。

そのあと少し休みがあったので神戸の実家に帰りましたがまだ注射三昧の日々で久々の神戸やのに何もせずに次のツアー先に向かいました。ただ嬉しかったのは腸チフスではなかったこと。だんだんブツブツも地味になってきまして完治したのは２週間ほど後のことでした。

さて次のツアー先がどの方面だったかは今となっては思い出せないのでGoogle で検索したり八方手をつくしてみたのですが九州ツアーやったような気がしてきましたのでその気分で書き進めることにしましょう。


桜島が目の前に見える豪華なオーシャンビューの部屋にチェックインした時の出来事です。さっそくヴェランダで白いチェアーに座りリゾート気分を満喫していますといきなり地響きがしてホテルが揺れだした。とっさに地震やと思い部屋に避難（大袈裟やなあ）したんですが、外を見ますと何と桜島が噴火しているではありませんか。

これはえらいこっちゃとすぐにフロントに電話したら笑われてしまいました。「今日のは少し大きかったですが大丈夫ですよ」とのことでひと安心でしたがいきなりの噴火、それも目のまん前ですからビビリますわなあ。この日の楽屋での話題はもちろん桜島大噴火の傾向と対策についてでした。コンサートのMCでも谷村さんはこのことについて話されてたと思います。

九州もほぼ全域ツアーしまして最終日は長崎でした。長崎といえば日本3大中華街のひとつがある街。ドラムの松藤君は僕を誘わず出掛けたそうです。皿うどんを目指して！しかし初めての中華街でどのお店の皿うどんが美味しいかはわからない。

そこで彼は街をたまたま歩いていた中華料理店のコックさんとおぼしき人物にどこの店がいちばんおいしいですかと尋ねたそうです。その方は日本語があまり上手ではなかったそうですが親切にもお店の前まで連れて行ってくれ「ここ一番美味しい」と指をさしたその店とは「リンガーハット」

これはホンマの話です。日本全国どこでも食べられるチェーン店ではありますが、長崎の中華街をしてナンバーワンとはｳｿのようなホントの話でありました。


その夜はベースの小林大介君、難波君、田代君と飲みに行きまして、僕は九州最終日ということとブツブツからの解放という二重の喜びからか少々飲みすぎまして見事二日酔いになってしまいました。次の日は神戸のラジオ関西でソロアルバムのプロモーションで生番組のゲスト出演が決まっているというのに。

長崎から在来線、新幹線を乗り継いで西明石までほとんどの時間をデッキとトイレの往復に終始しやっとの思いで須磨の駅に辿り着きました。そんなことですから呼んでいただいた番組名も何を話したかも全く記憶にないのであります。そのあと東京へ帰ったのか実家へ寄ったのかも忘れました。いやあ、お酒はほどほどにせんとあきませんね。

そんなツアーも終盤にさしかかったころマネージャーのM氏から「松ちゃん、今度のオフの日、渋谷の西武百貨店にタキシード誂えに行こう」と言われました。話をよく聞くとツアーが終わったらディナーショウで全国を廻るのでタキシードが必要で僕だけ持っていなっかったので衣装として購入してくれるという有り難いお話で。

紳士服売り場には普段縁がないものでM氏にお任せしてえらい上等なタキシードを別注することになり「こんな高いのええんですか？」と思わず言ってしまったくらい僕にとっては高価な買い物になりました。

そのタキシードは今でも家の押入れに大事に保管されています。ただ着る機会がないものでひょっとしたらメタボまわりはきびしい状態になっているやも知れません。そのピカピカのタキシードを着てのディナーショウツアーも無事終わり1年数ヶ月に及んだ谷村新司さんのツアーが終了しました。

決して一流ではないアコースティックギターのバッキングに谷村さんは歌いずらいなあと思われた時も多々あったとは思いますが温かく接して貰えて僕にとっては実りのある1年と数ヶ月でした。

そう言いますとアリスが久しぶりにツアーを再開するそうです。やっぱりバンドはええですね。素晴らしいツアーになることを祈っております！！
さて本腰を入れて自分のソロ活動を再開する時がやってきました？

近況報告　　
ゆっくりしたペースでレコーディングを続けております。リズムトラックは録り終えましたが僕のギターダビングとヴォーカルがゴッツイたくさん夏休みの宿題のように残っています。冬が来る前には完成するかなあ？それともまた新しい曲を加えるかもしれませんし、ええ音楽を作りますので気長にお待ち下さい。
ブルーストーンカンパニーと演奏したライヴがyou tubeで上映されています。是非観てください。



      
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   <title>第38話　すばる</title>
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   <published>2009-05-21T14:14:58Z</published>
   <updated>2009-05-21T14:22:06Z</updated>
   
   <summary>アイドルワイルドサウスの難波正司君から電話がかかってきた。１９８３年のお話です。...</summary>
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      アイドルワイルドサウスの難波正司君から電話がかかってきた。１９８３年のお話です。

ああでもない、こうでもない、といつものように四方山話をしていますと急に難波君は真面目な口調でこう切り出した。「松浦、谷村新司さんの音楽どない思う？オレはアリス時代からバックバンドやってるねんけどライヴなかなかええよ。それでな、今度のツアーでハードなロックをコンサートの前半でやるんやけど参加してくれへんか？」

僕は一度難波君といっしょに谷村さんの家にお邪魔したことがありゴッツイ楽しいお話をいっぱい聞かせてもらった上、上等なすき焼きまでご馳走になったので二つ返事でオーケーしました。しかし不安が全くないわけではなかった。今までロック一本でやってきたのでまるで譜面は読めないし、アコースティックギターも上手くないのでその辺りを難波君に率直に話しましたところバンドにはアコースティックギターの名手　田代耕一郎君がいるからエレキだけガーンと弾いてくれたらええねんということでまるで問題はないことがわかり一安心。

ツアーで演る曲の音源と音符がギッシリ書き込まれた譜面を受け取りリハーサルに備えました。家で１人で練習をはじめますと、思っていたよりハードなロックやったのでビックリやら嬉しいやらで順調に曲を憶えていきました。もちろん譜面は一切読み？ませんでした。エレキだけをやればええと思っていたのでエレキギターパートだけをコピーして１人練習は終了しリハーサル初日がやってきました。さすがに初対面のメンバー、スタッフの方が多かったので最初は緊張しましたが、難波君はいるし谷村さんがうまいことリラックスさせてくれたおかげで順調にリハーサルは進み、前半のハードロックな部分は１週間もかからずに出来上がりホッと一息。

しかし、ここでいきなり谷村さんのドッキリ発言「後半は松浦もアコギやってよ」内心アレレレレーッとは思ったけれどハイと言うしかしゃあないわな。後半の曲は演奏せんでええと勘違いしていた僕がアホやったんです。でもよーく考えてみたら西岡たかしさんのバックをやったときもアコースティックギターはやってたし、リズムギターを弾くぶんには問題はないなと引き受けたのですがリハーサルが進むにつれ事情が変わってきました。

「秋止符」という曲で僕のギター一本で谷村さんが歌うことが急遽決まった。基本的には簡単なアルペジオの伴奏やったのですがリハのときでも毎回緊張しました。それもハンパな緊張と違うかったなあ。７０回も８０回もコンサートツアーで演奏しましたが毎回緊張してました。というのもこの曲は谷村さんが客席に下りていってファンの方たちとコミュニケーションをとりながら歌うという場面だったので、隣同士で演奏するのとは違い谷村さんの動きを視野に入れながら演奏しないとどうしてもちょっとしたタイムラグがでるんやないかという心配があったりで毎回が真剣勝負でした。そういうわけでこの曲は今でも目を閉じて何も見えずでも演奏できます。違うかあ！！！

ツアーはこんな具合で緊張する場面があったり、谷村さんのMCがあまりにおもしろいので、マジで笑い転げてしまって前の方のお客さまに迷惑かけたりで。でも有名なヒット曲が盛りだくさんの素晴らしいコンサートでした。ツアーにエンジンがかかってきたころ、僕にとって初めての海外コンサートツアーが敢行されました。香港、シンガポール。タイのバンコック、どの国も刺激的でした。

香港は当たり前やけど異国情緒たっぷりの大都会で２DAYS公演。日本の電圧は１００ボルトですが、香港は２２０ボルト。その関係でアンプから出てくるギターの音が全然違うのです。まるで外タレのようなすごい音がして一夜にしてギターが上手くなったのかと勘違いするようなそれは素晴らしいサウンドでした。ステージと客席の一体化したムードが言葉の壁があるはずなのに、その壁がかえっていい効果になってるのかなと思えるくらい良くてとにかく香港バンザイでした。

いまでは大好物の香菜（パクチー）の洗礼を受け初めて飲む紹興酒にも戸惑いはしましたが街場の屋台の中華の旨かったことといったら。ハワイのカニ以上に感動の後シンガポールへ移動。シンガポールといえば、アジアツアーに出発する数日前に谷村さんに話があるから楽屋にちょっと来てと言われ、何の話かなあと色々考えを巡らせていましたところ「松浦　髪ちょっと短くしてくれへんか？今の長さやと松浦だけシンガポールに入国出来ないらしいねん。申し訳ないけど頼む」と言われ変な国やなあとは思いましたが谷村さんに直々御願いされたらしゃあない。というかツアーに行けないのはゴッツイ困るので、バッサリでもないですが無難な程度に短くカットしました。

お蔭様をもちまして、シンガポール無事入国。むせかえるくらいの暑さと南国特有の甘―い匂いがして緑がすごく濃い美しい国でした。掃除がこれまた行き届いており、街にゴミがひとつも落ちていない。香港とはうって変わってざわざわしていない所が気にはなりましたが、,豪華なホテルに泊まれたしええコンサートが出来たので短髪のことはもう忘れていました。しかしチュウインガムも禁止やし、ましてや量にもよるらしいですが大麻や麻薬などを所持していたら死刑やとはお見事な国には違いありません。それでも屋台へドラムの松藤君と繰り出して１メートル近くはありそうな巨大イセエビに舌鼓状態でありました。

さて最後の訪問国タイのバンコック。ツアーといえども仕事ですからなるべくホテルの中で食事をするようにという御触れがあり、楽しみにしていたタイ王宮料理と舞踊の夕べもスキヤキディナーに変更ということで何か微妙な空気を薄々は感じていたのですが、次の日の昼にまた松藤君とホテルを抜け出し中華を食べに街に出掛けたのが運のつき。キレイなレストランだったし料理もおいしかったのですが、お勘定のとき席を立とうとしたところ松藤君のショルダーバッグが影も形もなくなっていました。

お店の人総動員で探し回りましたが結局は出てこずじまい。大切なカメラと自慢のハンティングワールドのショルダーを失ってしまいました。だから言わんこっちゃないとみんなに叱られました。聞くところによるとこんなのは日常茶飯事やそうです。まあ自己責任ということでいざコンサート会場へ。砂埃が舞う道を３０分ほど行った所の体育館がその日の会場でした。ここでも熱烈歓迎。「昴」が始まるころにはお客様がみんな涙を流している。遠い日本を思い出しておられる方はもちろんのこと、地元の人も感動してくれている。この光景は忘れられません。ホンマに心から音楽を聴いてもらえてるのを目前にさすがに僕もグッときました。

そしてコンサートは無事終了。この夜の打上げもなぜかまたスキヤキディナーでした。ウーンなんでやろかなあと疑問を残しつつ帰国の途へ。バンコックー成田間はJALのDC―10という飛行機でした。離陸して食事が終わったころに乗務員の方が「いやあ、今日は機体が重くて滑走路ギリギリでやっと飛んだんですよ」とホンマとも冗談ともとれる微妙な話をしてきたのには思わずゾッとしました。バンドの機材が半端やないくらいの量でしたから。

そうこうしていますと今度はエアーポケット。ゴッツイ急降下したはずです。一瞬の出来事でしたが、僕は死ぬんちゃうかと本気でビビリました。しかし無事ランディング。さあ成田に着いたら次の日は徳島公演。休む暇なしの谷村新司ツアーです。ところがその徳島で僕の体調がどえらいことに。それは次回のお話ということで。

      
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   <title>第37話　築地デビュー</title>
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   <published>2009-03-02T15:38:39Z</published>
   <updated>2009-05-21T14:21:46Z</updated>
   
   <summary>宇崎竜童さんのバンドの活動の合間をぬってはじめてのソロアルバム制作が始まりました...</summary>
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      宇崎竜童さんのバンドの活動の合間をぬってはじめてのソロアルバム制作が始まりました。

あの内定取り消しから1年以上が経過していましたが、所属事務所もバースデーソング（元レイジーの影山ヒロノブ君と同じ事務所）に決まり社長の山岸さんには同じ関西人ということもあり公私ともによくしてもらいました。ここに至るまでの1年数ヶ月は紆余曲折の日々で何度も挫折しそうになりましたが渋谷のエッグマンに出演したことをきっかけに山岸さんにお世話になることが決まり、ホンマにあっという間に決まったので物事が動く時、決まる時は一発やねんなあということをこのときはじめて思い知りました。

ああでもない、こうでもない、と言うててこれまでで上手いこといった事などただの一度もなかったなあと今改めて思い返しています。ＳＬＩＤＩＮ‘＆ＳＬＩＰＰＩＮ’をレコーディングするときも現レーベルの大瀧さんに電話して３分後には決まったくらいですから。
いつまでも感謝の旅なのであります！！！

レコーディングは温かい季節に始まりました。築地に程近いオンキョウハウスは当時はええリズムトラックが録れることで有名なスタジオでした。そんな恵まれた環境でのツキジデビュー、いやソロデビュー。レーベルは佐川急便が立ち上げたリバースターレコードで橋幸夫さんと同じ会社でした。アルバム発売告知のチラシ、今でいうところのフライヤーも橋さんと僕が紙面の半分づつを飾るという、光栄ではあるのですがちょっと微妙なムードのデザインにスタッフ全員が思わずびっくりしたりもしましたが、それもレコード会社の配慮。2枚看板でっせーという意気込みを感じましたし、今にして思えば記念に1枚おいておけばよかったと後悔しております。

レコーディングは難波正司君が全曲のアレンジとキーボード、新井武士さんがベース、吉岡貴志君がドラム、このメンバーで殆んどの曲を録りましたが、ゲストで元ツイストの世良公則君、鮫島秀樹君、神本宗幸君、元サザンオールスターズの大森隆志君、アコースティックギターには田代耕一郎君、難しいギターソロには初対面でしたが難波君の紹介で今剛さんも参加してくれました。

メンバーのクレジットが正しいかちょっと気になったので箪笥の中から古いオリジナル盤をひっぱり出してきて確認しましたところ、なんと鮫ちゃんがベースの他に以外な事をやっているのを発見しました。鮫ちゃんがやってくれたのはローランド８０８という当時はやりのリズムボックスのプログラミングで、僕がホール＆オーツみたいなリズムにしたいと言ったら「おお、そんなん簡単やで、オレがやったるわ」と次の日「ほんならやろか、草津＆大津」とギャグを飛ばしながら機械ごと持ってきてくれたのでありました。それにしてもいつも絶妙のタイミングやなあ。

皆さんの協力のおかげでレコーディングは順調で13日間で終了しましたが朝まで掛かった日も何日かはありました。そやけど朝までやると築地で寿司というオマケがついてくるので、ひょっとしたら無理やり朝までやった日があったやもしれません。寿司にはまった僕と吉岡君は朝まで待って個人的に行ったりもしました。そんな思い出の築地ですから今回の移転問題は少々気になるところではあります。

そうや、こんなこともありました。レコーディングの途中で宇崎さんの沖縄でのコンサートがありスタジオを中断して1泊2日の沖縄ツアーというのを体験しました。ライヴのあとの打上げで憧れのヒバチステーキを食べながら宇崎さんと長い時間話をしました。宇崎さんの苦労話など勉強になることをいっぱい教えてもらいました。他のメンバーはもう一泊くらい沖縄に滞在したと記憶しますが僕はトンボガエリでした。ただツイストの時に憶えたテクニックで空港でのチェックインの時に一言アッパーデッキで御願いしますというと2階のファーストクラスの席に追加料金なしで座れたので、この時も1人悠々と大きなシートで帰って来れたのでありました。古き良き時代のお話です。

さて築地へ戻りレコーディングは無事終了しミックスもマスタリングも済んで一段落して家で出来あがったばかりの｢THIS TIME FOR YOU｣と題されたアルバムをドキドキしながら聴きました。ところが何度聴いても変な箇所があるんです。ブラッドショットの小林和之君作でシングルにもなる予定の［もしもし］という曲のもしもしがどう聴いても「もしも」にしか聴こえない。それも全箇所がそう聴こえます。

えらいこっちゃということですぐ山岸さんに電話して歌いなおしを御願いしました。山岸さんは快く引き受けてくれたのですがアルバムのサンプル盤だけはどうしようもないということが後日わかり、アルバムは2種類のバージョンが実は存在しています。そやけど発売された方はしっかり歌いなおしているバージョンなので［もしも］を聴いた人はごく少数の関係者だけやと思います。

アルバム発売記念のライブは渋谷エッグマンと大阪のキャンディーホールで行いました。この時のバンドは吉岡君、神ちゃん、鮫ちゃん、新井君、僕の5人に加えキーボードを宇崎さんのバンドでいっしょのラッキー川崎さんが手伝ってくれました。ツインギター、ツインキーボードのなんとも贅沢なバンドサウンドでした。

さてレコードのプロモーションが始まりました。当時は有線放送にご挨拶にいくのが主流？だったのか、東京中の有線回りをしました。忘れられないのはレコード店へのご挨拶回りで（だんだん演歌の匂いしてきましたでしょうか？）ある都市の大きなレコード店に伺ったときのこと。お店の前には僕のポスターが何枚か貼られてあり、その前にはビール瓶のケースが2つ並んで置いてあり、マイクスタンドと簡単なカラオケセットも設えられてあるではありませんか。

僕は事情をすぐに察知したのですが、まさかこちらからは何も言えない立場なので黙っていました。このときは山岸社長も同行していなかったので、さてどうしたものかとまずはお話を聞こうとおとなしくお店の方と談笑などしつつ、今から何が執り行われようとしているのか静かにみておりました。もうお解かりやと思いますが、ビール瓶の箱の上で「もしもし」をハンドマイクで歌うことがその日のメーンエヴェントでありまして、準備が出来たらお店の方が通行しているお客さんを呼び込みますとの説明があり、これはイッパツ歌うしかないかと一瞬腹をくくったのですが、これをやったら自分はきっと終わるやろなと思い勇気を振り絞ってレコード会社の担当の方とお店の方にごめんなさいをして挨拶だけにしてもらいました。

どんな言い訳をしたかは今となっては忘れてしまいましたが、お店の女性の方が「この曲、ジョー　ウオルッシュみたいなロックですからカラオケはちょっとねえ」と発言してくれました。この一言がきっかけで挨拶だけになった次第で。思わぬ援軍が現れて事なきをえました。まさに人生いろいろであります。

      
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   <title>第36話　初夢を見た</title>
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   <summary>昨年の正月にとてつもない大スペクタルな初夢を見てそれをコラムに書いたことがまるで...</summary>
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      昨年の正月にとてつもない大スペクタルな初夢を見てそれをコラムに書いたことがまるで
昨日のことのように2008年は通り過ぎていった。楽しかったこと。悲しかったこと。
はたして2009年はどんな年になるのか。自然の流れに任せるしかないなあと考えています。
さて今年はラッキーなこと？に2日の夜に夢が初上映されました。どんな内容やったかと申しますと！！！

小林和之君（通称お兄ちゃん。ブラッドショットのリーダー、現エピックレコードジャパンの社長）と僕が品川駅らしき大きなターミナルビルのコーヒーショップでお茶を飲んでいるシーンから夢は始まった。そのコーヒー屋は巨大ショッピングセンターのフードコートとは比べ物にならないくらい大きなスペース、そして高級感にあふれていた。

店内のいたる所に観葉植物が配置され間接照明ともあいまってさすが東京はちゃうなあとか話しながら席に着いてまた驚いた。何と各テーブルにはハワイウォーターのサーバーが設置されておりご自由にお水をお楽しみ下さいというサービスが施されている。「お兄ちゃん、ゴッツイサービスやな」と僕が驚くと「松ちゃん、実は水道局とハワイウォーターが合併してさあ,ハワイから海底パイプでハワイウォーターが東京まで来るようになってん。将来的には各家庭にもいきわたる計画が今進んでるのよ」と明石家さんまにちょっと似た口調で説明してくれた。

「フーン、ゴッツイねんなあ」とよーくそのサーバーを見ますとちょうどエヴィアンの１．５リットルくらいのペットボトルをひっくり返した形でラベルにはカタカナでハワイワラーと書いてあった。

さあ飲み物を注文しようと辺りを見回しても1人も店員さんがいない。どうゆう風に注文するのかわからずにいると「松ちゃん、コーヒーでええか」とお兄ちゃんが言うた瞬間にコーヒーがまるで自動マージャン卓からマージャン牌が上がってくるのと同じシステムでテーブル上に上がってきた。僕は驚きを隠せず周りのテーブルもチェックしてみることにした。ところが周りのテーブルには回転すしのコンベアーみたいなものが回っていてその上をコーヒーやケーキなどがぐるーっとまわるシステムになっておりその時点で僕らの席が特別席やったことを知った。

「8時のこだまで神戸帰るんやろ。そろそろ切符買わなアカンで」と促され切符売り場に向かった。そこはどっからみても品川駅とは思えない懐かしい感じのする場所で神戸電鉄の有馬温泉駅とそっくりやった。窓口に行き8時の最終のこだま号新神戸行き禁煙1枚下さいと言いますと駅員さんはＢ5位のサイズはあるであろう大きな切符？らしき紙に手書きで発行手続きをし始めた。

料金を払い終えると「8時はぎりぎりやねえ。急いでくださーい」とせかされたので多分山手線であろうホームにちょうど入ってきた電車らしき乗り物に飛び乗った。しかしこいつは紛れもなくジャンボジェットでこの世界では飛行機が電車の役目を果たしてるようでどうにも不思議ではあったが疑わずに発車を待った。

ところがなかなか発車しない。そうこうしていますと僕は立っていたのでもらえなかったのですがウェルカムドリンクサービスが始まりだしたりしている。時計をみると19時51分になっていた。アー、シャンパン飲みたいなあとか思いながら時間がないのであわてて下車し先ほどの切符売り場に戻り間にあわない旨を伝えると「伊豆行きの最終の踊り子に乗ってそこから高速船で名古屋まで行き朝一番のこだまに乗ってもらうしか方法はないです」というので切符をキャンセルしてブラッドショットの合宿所に泊めてもらうことを勝手に決めた。

さすが夢やなあと思うのは駅がいきなり三軒茶屋～下高井戸間を走る世田谷線の駅に変わっていたこと。まるで瞬間移動、どこでもドアーである。大沢家政婦紹介所を右に見ながら路面電車に揺られ見知らぬ駅に降りたって線路沿いを進行方向に歩きますとすぐに合宿所にたどり着いた。

小林圭三君（お兄ちゃんの弟、ギタリスト）と壇辻君（ドラマー）が出迎えてくれた。「さっきアニキから電話があって松ちゃん神戸へ帰ったでと言うてたけどどないしたん？」と聞くので事情を説明して一泊させてもらうことになった。「今晩はパーティーやねん。それもヤミ鍋パーティーやから松ちゃんラッキーやで」と圭三が嬉しそうに言った。

合宿所にあがるとちょうど6畳間をふたつぶち抜いたくらいの広さの和室に鍋が3つ設えられてあった。メンバー以外にも初対面の人が何人もいてみんながヤミ鍋とやらを囲みはじめた。どんな食材を入れるんやろかと大きな皿をみますと明らかにニシキヘビのそれとわかるぶつ切りとパイナップルしかのっていない。「名村君が他の材料持って今こっちへ向かってるからボチボチはじめようか」と話しているとタイミングよく名村君（ベーシスト）がみたこともないような原色の大きなキノコと長細いブロッコリーらしきものを持って帰ってきた。

これが今日の鍋にはマストアイテムやとか何とか話している。どうやら僕には食べられそうにもないので、「練習場見に行ってくるわ」と表に出た。練習場は家の外にある空き地にロープを張り巡らせただけの簡単な設備でドラムセットとＴＡＳＣＯＭ　の8チャンネルのカセットＭＴＲが2台おいてあるだけであった。これでどないして練習するんやろかと首をかしげていると青い光が点滅しだした。この青い光の点滅で目が覚めた。青い光の主は携帯電話のメール来ましたよーの合図であった。またしても携帯に起こされてしまった。これでは去年とまるで同じパターンやないか。この光さえ点滅しなければヤミ鍋パーティーに戻れたであろうに。

今晩の夢に期待ということで支離滅裂な初夢でありました。しかしよく考えると去年の初夢にもブラッドショットは出演してくれたし来年も宜しく御願いしますと早めに出演交渉しとかなあきませんな。夢と言えば30歳の頃から54歳の今まで何度もくりかえし見続けている夢を今回お話することにします。

その夢を見出したのはエピックレコードのディレクターになってからで毎回シチュエーションは違うのですが結論から言いますとステージに辿り着けない夢なのであります。ある時は大きな野外ライヴの会場でどの通路をどの方向に行ってもステージに行けない。またある時は舞台の袖まで来てるのにギターが見当たらず出るに出られない状況やったり、バンドはまだ演奏してるのに大道具さんが機材を撤収しだして松浦君は今日は出んでええよと言われたり。その他手を変え品を変えの１００種類近いヴァージョンを経験しています。

24～5年も見続けているのにも係わらず一度たりともギターを弾いたことはありません。これはいわゆる悪夢の一種やと思うのですが笑えるのがそのドリームバンドがアイドルワイルドサウスでもツイストでもサンズでもブラッドショットでも、もちろん自分のソロやバンドハズノーネームでもなく決まって「ハウンドドッグ」であるということです。もちろんハウンドドッグとは友達ではありますが一度だけスタジオの仕事をいっしょに演奏しただけなので、今だになんで夢でのバンドがハウンドドッグなのかは解明出来ずにいます。

最近では正月前にも上映されました。この夢とは一生涯お付き合いすることになるんやろなと思っています。なぜこの夢を見続けるのかの理由を追求するつもりもないしこの頃は慣れてきて「あっ、これ夢やわ！」と夢の中で解る時もあるくらい進歩？しています。これを読んで「あー、こうゆう夢あるある」と笑ってもらえれば幸いです。



      
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   <title>新年明けましておめでとうございます。第35話　宇崎竜童&amp;RU６</title>
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   <published>2008-12-31T15:01:00Z</published>
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      新年明けましておめでとうございます。2009年のお正月はいかがでしたでしょうか？
今年は春には待望のシングル、そして出来上がり次第ニューアルバムと張り切って活動していきます。KISS‐FMのSLIDIN’&amp;RAMBLIN’もより良い番組にしていきたいです。そしてコラムもハイピッチで書く？つもりでおりますれば、相も変わりませず応援の程宜しく御願い奉り候。（年末、黒澤明監督作品の観すぎで文章が怪しくなってきましたのでさっそく３５話に突入いたします。御免。

第35話　宇崎竜童&amp;RU６
宇崎さんとはファイティング８０というテレビ番組にツイストで何度か出演したのをきっかけに顔見知りにはなっていました。前回書きましたようにダウンタウンの新井さんと吉岡君とバンドを始めていましたので全くの初対面というわけではなかったのですがはじめてのリハーサルに行く時は少し緊張が入っていたやもしれません。ツイスト時代からの伝統である鮫ちゃんとの待ち合わせも健在で仲良く四谷の某スタジオへ向かいました。（ひょっとしたらリハーサルの前には事前の顔合わせ的なミーティングがあったかも知れません）。

ご存知のようにダウンタウンブギウギバンドのギタリストは和田静男さん１人だったので
てっきり僕は１人でギターを担当するものと考えていました。ところがいざ蓋を開けますとなんと横内タケ君（TENSAW）小針かつのすけ君（後の竜童組のギター）、そして宇崎さんもギターを弾かれるので僕を入れて計４名のギタリストの揃い踏み。まるで寺内たけしとブルージーンズのような、そして飽きる程言ってますがレーナードスキナードにまたギタリストの人数で勝ってしまうという大所帯のバンドが結成されたのでありました。キーボードはラッキー川崎さん、ドラムは辻野リュウベン君、ベースはもちろん鮫ちゃんで合計７人。今でいうところのサポートバンドでありますから宇崎さんの望むイメージの演奏をするのが僕達の役目。リハーサルはなごやかには進んでいましたが、ことがギターのアンサンブルに及ぶと混迷を極めましたのもこれまた事実。

どうゆう風にパートを分けたのかは今となってはうっすらしか憶えていませんがまるでガンズの新しいアルバムのギタリストの数に近い人数なわけですので正直、曲によっては２人くらい弾かずに休憩したほうがバンドの音としてすっきりはっきりするのではないかなと僕は秘かに考えていました。そしてなるべく抑えたプレイに徹しようと心がけました。でも曲によっての休憩はありえないので苦肉の策？として何曲かでぼくはキーボードを担当することに相成りまして、なんちゃってではありますが昔のようにシンプルなオルガンや初挑戦のシンセサイザーの簡単なフレーズとか、これはこれでなかなか楽しい経験ではありました。

リハーサルもバッチリまとまってきましたのでツアー前の合宿のため河口湖か山中湖へ行くことになりました。基本的に合宿は嫌いやったのでどちらの湖かは忘れました。（しかし合歓の郷だけは別格で心の故郷くらい好きやったです）。

アイタタター、また合宿かー、と内心では深く悲しんでおりましたがそんなことは言えた立場ではありませんし、鮫ちゃんもおるからひと安心やし、そして何よりも僕が考えていたより日数も短かったのでギターパートを考えたり、ラッキーさんからさらなるオルガンのテクニックを伝授してもらったりしてるうちにあっという間に合宿打上げ。合宿所にお化けが出たりすることもなく無事東京に帰りほっとしました。

そしてツアーが始まりました。何しろ大所帯なもので移動も大変。マネージャーは僕達をまとめるのにきっと四苦八苦していたはずやと思います。でも会場に入れば後は百戦錬磨の集団だけに本番前のリハは超スムーズでした。

宇崎さんはダウンタウンの時の楽曲をほぼ封印して新しい宇崎竜童を表現するのに苦労されたと思いますがさすがに超一流。ステージの運び具合は抜群でした。ご存知のように奥様、阿木耀子さんとの名作の数々を演奏しました。ツイストとはまた違うロックがそこにはありました。下手に歌えば歌謡曲にも聞こえるであろう曲を見事にロックに昇華させる。

これが宇崎さんの真骨頂だと毎日感じながら演奏していました。ツアーですので曲順は毎日同じなのですがその日によって歌の表情が変わるのも楽しみでした。殆んどの曲が阿木さんとの間に生まれた子供のような作品ですので感情の入り方がすごいなあとギターを横で弾いてて本当に勉強になりました。ただ困ったことがひとつだけありました。

本編の途中にメンバー紹介があるのですが「オン　ギター　マツウラヨシヒロ」と紹介される時、決まって僕はキーボードの場所に立っていたことです。ギターと言われているのに鍵盤の前にいる。これはお客さんも笑えたと思います。事実、紹介時に客席からクスクスと笑い声が聞こえた時もありましたが僕は当時からこの性格でしたのでむしろそれを楽しんでいました。困ったといえばツアーも後半にさしかかりバンドも随分慣れてきたある日のアンコールでの出来事なのですが鮫島秀樹が突然何を思ったのか「港のヨーコ　横浜、横須賀」のイントロのあの名フレーズを弾きだしたんです。最初僕らも、そして一番ビックリしていたのは宇崎さんでした。しかーし会場は大盛り上がり。こないなったらやらな
しゃあないとひとり入りふたり入りそして宇崎さんのあの語りが始まりました。僕はそれでもギターを弾かずにその光景を見ていたのですが正直メチャかっこ良かったです。

打上げで宇崎さんが「鮫ちゃん、頼むよ！！！！！」と笑いながら怒った風でも嬉しい風でもなく話してたのも印象的でした。僕は宇崎さんもホッと一息といったところやったんちゃうかなあと感じた次第で。後で鮫ちゃんに「宇崎さんホンマは怒ってんとちゃうか？」
と問うたところ、鮫「大丈夫！、大丈夫！」と例の調子で自分がやったことに対しての責任感どころかヨッシャこれでええんや的自信に満ち溢れてる態度に僕は鮫ちゃんも相当やるなあ。しかし受け止めた宇崎さんはゴッツイなあとお２人に対して新たな尊敬というか自分にはないアートな部分を垣間見たと言いますか。とにかく素晴らしく楽しい日やったことをついこの間の出来事のように今思い出している次第であります。

最初から企画バンドだったのでほぼ１年ちょいでバンドはお開きとなりましたが嫌なことひとつなく楽しいバンドマン生活をおくれたのは宇崎さんと事務所のスタッフの方々のお蔭やったなあと改めて思いかえしております。もう一度行きたかった沖縄でのライヴ＆伝説のヒバチステーキにも行けたし最後のライブは確か熊本城の中の広場だったと記憶していますが楽しい１９８２＆１９８３年でした。
もちろん宇崎さんとの活動の合間をぬって自分のソロライヴもやっていましたし、レコーディングも同時進行で進んでいました。そのあたりのお話は次回ということで。御免！！！



      
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   <title>第34話　解散したのにアレレー？</title>
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      明けて1982年、ゆっくり正月休暇をとる間もなく葛城ユキさんのレコーディングが始まりました。有り難いことであります。古い記憶なのでひょっとすると1981年の暮れからスタートしていたのかも知れませんがユキさんの前作には曲の提供はさせてもらったもののギターを弾くことが叶わなかったので満を持してのレコーディング参加でした。僕が作詞、作曲した「YOU’VEGOT THE POWER」を採用してもらいアルバムタイトルもPOWERに決まったのは本当に光栄でした。

そしてPOWERの次のアルバムのタイトルが「LA SPILIT」でアイドルワイルド　サウス時代の「MY DADDY」と「DAYS OF BOOGIE」をカバーしてくれて、それもLA録音そしてTOTOのメンバーが演奏という僕にとっては夢のようなお話で。当時のTOTOといえば飛ぶ鳥落とす勢いの人気バンド。ルカサーさんやポルカロさんが演奏するという巨大プロジェクトに果たして僕の曲は通用するのか？と一瞬の不安もありましたが出来上がったアルバムを聴いてひと安心。ええ演奏してはりました。短い時間でのセッションやからちょっとラフかなとも感じましたがホンマモンのビートはさすがでした。

話は前後しますが２月26日にユキさんのコンサートにも一度だけですが参加して82年は順調にスタートしました。

バンドが解散してソロアルバムのお話をツイストが所属していたレーベルからいただいていたので曲作りをはじめました。そしてレコーディングやライブをいっしょにやってくれるメンバーが決まりました。ベースは元ダウンタウンブギウギバンドの新井武士さん。ドラムは同じくダウンタウンの吉岡たかしさん。ギターはバンザイのデカパンこと依田稔さん。キーボードはアイドル時代からの盟友、難波正司さん。

まずは東京と神戸のチキンジョージでのライブに向けてのリハーサルが始まりましたが難波君がどうしてもアメリカへ行かなければいけないことになり悩んだ末に神本宗幸君に御願いすることになりました。なぜ悩んだかといいいますとツィストが解散したばかりなのにすぐいっしょにやるのはいががなものかという、建てまえというか微妙なバランスを考えたのです。が、しかしやっぱり神ちゃんがええという結論が自分のなかで出て電話してみました。答えは一発OKでメンバーがやっとそろいましてなごやかなリハーサルが始まりました。

ダウンタウンブギウギバンドも解散ほやほやだったのでほやほや4人とデカパンという楽しい5人バンドでありました。デカパンはアンルイスさんのバンドの僕の前任ギタリストだったので気心が知れていましたし5人はすぐ意気投合して僕のソロバンドというよりセッションバンド色が濃いバンドにしました。実際5人ともリードボーカルをとる当時の日本では珍しい形体のバンドでありました。5月何日かは忘れましたが渋谷のライヴイン８２というライヴハウスではじめてのライヴを決行しました。解散から半年も経たないのでちょっと早いかなとも考えましたがとにかく前進あるのみです。おかげさまで満員御礼で演奏もバリバリでゴッツイええライブでした。

そやけどアンコールが終わっても誰も帰ろうとしません。もうやる曲もありません。楽屋でどないしょうと言うてますと世良君と鮫ちゃんがやってきて「ほな、1曲やろか」ということになり金ちゃんはそのとき観にきていなかったので吉岡君に手伝ってもらってツイストの曲をやりました。お客さんは全員総立ちで「なんじゃ、こりゃ。さっきまで静かに楽しんでくれてたのにいきなりこれかい！」とちょっと微妙な感もあったりしましたが、まあ初ライヴのご祝儀的＆突発的出来事ということで演奏者も観にきてくれた全ての人が大満足の夜やったです。

しかし実はこの日だけやなかったんです。6月か7月の2度目のライヴイン。この日はサザンのメンバーや金ちゃんも観に来てくれていました。本編が無事終了しサザンの大森君達とのセッションがはじまりますとさっきまで静かに楽しんでくれていたはずのお客さんが立ち始めました。そして真打ち登場。今回は金ちゃんもみっちゃんも明君も登場。ひょっとして現役時代より盛り上がってるんとちゃうかなという光景を僕は冷静にみながら演奏していました。なんで解散したのにいっしょにやってるんやろ？これは神ちゃんがあの時言った「黙ってフェイドアウトしようよ。そしたらいつでもできるんじゃないの」がやっぱり正解やったんかなあ。

いやいや、元のメンバーが僕を応援しに来てくれてるだけや、と解釈するほかなかった。本当に有り難いことです。そしてこれをずっとやったらアカンなあともこの夜確信しました。これでは他人の名前で出ていますになってしまうもんね。仲間の助けは必要やけど1人で立たなアカンと心に決めました。

大阪のライヴでもゴッツイことが起こったことを書いておかなければいけません。
いつもの調子でゆったりライヴをやっていますと後ろの方で何人かが手を振っている。誰やろかとよーくみますとサザンのメンバーやった。そしてあろうことかサザンオールスターズは僕らのライヴをステージジャックした。何曲やってくれたかは忘れましたがそれは正真正銘サザンオールスターズのライヴでした。

当然お客さんは狂喜乱舞。ステージを降りたサザンのメンバーは梅田の街へ消えて行きました。今思い返すと考えられないことですが僕のライヴではこのような自然現象がよく起こっていました。今度ゆっくり思い出して誰がセッションにやってきてくれたかを書きますね。
しかしレコードに関しては実は良くない結果が待っていました。今でいう内定取り消しであります。時代の先端児でしょう？いや違うか！！

先にも書いたようにツイスト時代のレーベルとの契約が進んでいまして本部長さんと担当のディレクターと政治家が行くようなお座敷料亭でひとつよろしく的なミーティングを行ないデモテープも予備会議ですでに聴いてもらっていたのであとはレコーディングを待つばかりの日々を過ごしていたのですが、ある日を境に担当ディレクターと連絡が取れなくなり自宅に電話しても折り返しがないし、アレーとは思っていたのですがまだマネージメントをどこにお任せするかが決まってなかったので自分で連絡するしか方法はなく、仕方なく丁度昔からお世話になっていたT 氏が同社のディレクターだったので聞いてみると「松浦、おまえマジで何も知らんのか？この前の本会議で松浦のアルバムは中止と決まったんやで。オレはあまりに変な話なので部外者やけどなんで中止かと質問したけど答えてくれなかったな。」

僕はT氏から契約がなくなった話をきいただけでレコード会社からの正式なお断りを聞いていない。まったく理不尽な話ではありますがここはいっちょう荒波に飲みこまれないように気をつけて世の中渡っていかんと大変なことになるなあと身を持って知った次第で。

ホンマは内定取り消しの本当の理由を知りたかったが聞かずに済ませた。聞いてもないもんはないもんと捉え新しいレコード会社、そして所属事務所を探す日々が始まりました。そんな時宇崎竜童さんの事務所から電話があり宇崎さんの新しいバンドに鮫ちゃんといっしょに参加しないかというお話を頂いた。捨てる神あれば拾う神ありであります。正直落ち込んでいたのでメチャクチャ嬉しかった。

さて宇崎竜童&amp;RU６のお話は次回ということで今年１年いつアップされるか分からない僕の四方山話にお付き合いいただき有難うございました。次回は来年になります。皆様、どうぞ良い２００９年をお迎え下さい。新しい年がよりいっそう素晴らしい年になりますように。

２００８年１２月２６日　　松浦善博 

      
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