前回、ラスベガスへ行く途中のハワイでストラトを買ったことに少し触れました。
ホノルルのカイムキ地区ワイアラエ通りに「ハリーズミュージック」という老舗の楽器屋さんがあり、テッド君の親戚やということで、訪ねてみました。
だだっ広ーい店の中にはフェンダーギターが色々展示されていましたが、やっぱりストラトキャスターでないかいということに。このギターはサンバーストで、シリアルNo.が29万台、ラージヘッド、モダンロゴの70年頃のものだったと思います。
親戚のオジサンは、もちろん清水の舞台から飛び降りてくれて、なんと293ドルにしてくれました。しかしケースを買う余裕がなかったので、ダンボールごとお持ち帰り。ストラトキャスターは晴れて生まれ故郷米国本土へ僕と共に戻ることに。
最初は調子よく弾いていたんですが、トレモロアームをつけたとたん、けったいなことに。どない調整しても素人の僕にはあかん。近所の楽器屋さんらしい店のオッチャンも“ブロークン”や言うし。困ってしまったんです。とにかくトレモロブロックが浮きっぱなし。全とっかえするしかない。
時を同じくして僕も壊れてしまい(喘息か?)、こわれたもん同士、又ハワイへ行くことになりました。
早速ハリーズミュージックへ。オジサンも“ソーリーソーリー”を連発、次のストラトの入荷までに大分時間がかかるということで、お金が戻ってくることになり、その足でダウンタウンにあるセイヤーズピアノへ。ここはギブソンが多い店やった。
そしてなんと、夢にまで見たゴールドのレスポールがぶら下がっているではありませんか。このギターは1969年製の最初のレスポールデラックスで、ミニハムバッカーが2つついていた。このままで十二分OKなんやけど、ふとパーツ類の棚を見ると、クリーム色のP-90があるやないの。
「こいつを2個オマケしてもろていくらですか?」と。しかし、ハリーズとは違い、ここでは一見さん。チャイニーズのオッサンは、423ドルにしかならんという。しかし今度は僕が清水の舞台から飛び降りる番。メチャ無理して買いました。もちろんケースなし。
この日からラジオを聴きながらよう練習するようになりました。やっぱりレスポールがあってたんやろナ。
ちなみに、この日生まれて初めてのスライドバーなるものも購入。それまではアリナミンのビンしかなかったので、やっと準備が整いました。
ハワイのラジオはようできたもんで、一日中ロックがかかっている。特にオールマンブラザーズやサンタナあたりがよくかかり、ギターを抱えて待っていると、大体練習できる段取りになっとりました。
ところで、やはり423ドルは痛手で、お金が底をついてきた。
こっそりリキリキドライブインで夜中のバイトしたりしてつないでいましたが、ある日オモロイ話が舞い込んできた。ペプシコーラの日本のコマーシャルのエキストラのオーディションがあるという。こら乗らん手はないっちゅうことで オーディション会場へ。
ホテルのプールサイドが会場で、立たされたり、横向かされたりで、結果合格。
早速ノースショア方面へ連れて行かれました。撮影は一日中続き、最後はハレイワの川が海に注ぐあたりで1人だけのショットというのもあり、なかなかオモシロイ一日でした。
後日このコマーシャルを見たら、海岸を走っている自分がおった。いやぁえらい興奮しました。まぁこれがいわゆるデビュー???っちゅうヤツやったワケでありまして。
中3のときにグループサウンズになることはあらかじめ決めてあったので、これが何かのチャンスにつながればなと思っとりましたが、何もおこることはありませんでした。残念!
そして、天国みたいなハワイでの学生生活にも悩みがでてきました。
親に無理させてアメリカまで勉強しに来てるのに、高校出たらハイサヨナラはないなぁ。卒業後ハワイ大学なんてことになったら、あと6年も日本に帰られへんし、ウーン、どないするかなぁ。ハワイにはいたい、学校も楽しい、バンドはやりたい、しかしハワイでバンドはあかん。ウーン・・・、「そうや神戸へ帰ろう」
このイージーすぎる発想のもと、ヨシは生まれ故郷に帰ることになりました。
神戸へ舞い戻り、マリストへ復学するも、練習にいそしむ日々のため、学校は休みがちに。しかし金曜日には登校してダンスパーティにだけは出るという作戦は、先生方にメチャ不評。だんだんいづらくなってきたゾ。
結局、通信教育で高校を卒業することを条件にマリストを中退。晴れて?アマチュアミュージシャンの道を歩むことになりました。

